天皇はなぜ紙幣に描かれないのか
著 者:三上喜孝
出版社:小学館
ISBN13:978-4-09-388639-0

天皇と紙幣にまつわる、ひとつの謎――。

本の編集人より

掛川竜太郎 / 小学館出版局 出版局 デジタルリファレンス


日本の紙幣に歴史上の人物がはじめて登場したのは、明治14年(1881)発行の改造紙幣に描かれた神功皇后(じんぐうこうごう)である。神功皇后は、日本最古の史書『日本書紀』に登場する伝説上の人物であり、第14代仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)の皇后で、天皇と共に筑紫(九州)に赴き、そこで仲哀天皇が死ぬと神託に従い、みずから新羅(しらぎ)征討の軍を起こして服属させ、以後69年もの間、即位をせず政治を行ったという。

ここで興味深いのは、日本の近代の紙幣肖像画には、なぜか古代の英雄的人物が登場していることである。先に挙げた神功皇后をはじめとして、1円券に描かれた武内宿禰(たけのうちのすくね)、5円券に描かれた菅原道真(すがわらのみちざね)、10円券に描かれた和気清麻呂(わけのきよまろ)、100円券に描かれた藤原鎌足(ふじわらのかまたり)などの例が挙げられる。

これらの人物に共通しているのは、いずれも平安時代以前の古代の人物ということである。しかし、そればかりではなく、これらの人物はいずれも天皇の忠実な臣下であり、皇室を擁護するために貢献した人物ばかりなのである。

近代国家の建設を目指した明治政府は、一方で天皇を頂点とする統治機構を確立することも目指していた。紙幣の肖像画に、天皇制の維持に貢献してきた臣下を選定したのは、近代における天皇制の正当化と不可分の関係にあったのだろう。しかも、その理想とされたのが、古代の天皇制だったのである。

それにしても不思議なのは、紙幣の肖像画に、天皇そのものが選ばれたことがないことである。当時のアメリカ、ロシア、ドイツなど、世界の主要国の紙幣や銀行券には、国王や大統領などの国家元首が肖像画として採用されることが多かった。これになぞらえれば、紙幣に天皇を描いてもよさそうなものである。

明治天皇でなくとも、歴代の天皇、たとえば、平安京に遷都した桓武天皇とか、建武の新政を進めた後醍醐天皇とか、歴史のなかで政治的な役割を果たした天皇を選定してもよさそうなものであるが、それもなかったのである。では、いったいなぜ、天皇は紙幣に描かれることがなかったのか――。

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