哲学と宗教全史
著 者:出口治明
出版社:ダイヤモンド社
ISBN13:978-4-478-10187-2

哲学と宗教は紀元前以来の友達

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

橋本昂彦 / TRC 営業デスク
週刊読書人2020年8月21日号


著者は、立命館アジア太平洋大学の学長を務める有数の知識人である。また、ライフネット生命株式会社の設立に携わるなど幅広い経験の持ち主であり、膨大な読書量でも知られている。本書はその著者が哲学と宗教について古代から現代までの推移をまとめた本である。 一般的に哲学と宗教は全く異なるもの、と解釈されがちである。しかし歴史的に哲学と宗教は密接にかかわりあいながら進歩を続けてきた。その昔、プラトンとアリストテレスの思想はヨーロッパを飛び越え、イスラム世界にまで波及した。しかしキリスト教がヨーロッパを支配し、国教であるキリスト教神学以外の学問は禁じられると、哲学も禁止され、プラトンやアリストテレスの残した書物は焚書の憂き目にあう。時を経て、ローマ教会の腐敗やキリスト教信者の分派などにより宗教界は混乱の一途をたどる。その渦中で生まれた思想が、神の信仰に腐心するのみではなく、合理的な思考力を鍛えなければならない、という考え方である。こうした思想から、デカルトやカントと言った大哲学者が誕生してくるのである。こうした歴史から、人間はまず古代から中世にかけて神を生み出し、その神という概念に振り回され、あげく大戦争を起こし、神の概念から合理的思考(科学)により自由になったかと思えば、今度は自らが進歩させた科学に左右させられているという皮肉な事実が浮かび上がる。 本書の中で、特に印象に残ったのは12世紀ルネサンスの思想である。イスラムの学問の輸入等により知的水準が大幅に高まり、合理的思考が芽生えた時期であった。しかし、その後のヨーロッパではペストが大流行した。最近、1940年代を舞台としたアルベール・カミュの『ペスト』が人気を博しているが、中世期のヨーロッパでは「メメント・モリ」や「カルぺ・ディエム」といった考え方が広まった。前者は、死がすぐそこまで迫っているのだから神に尽くし、死を想い敬虔に生きよという考え方である。一方で後者は、ペストに感染したら神も助けてはくれないのだから今、この瞬間を楽しもうという考え方である。まったく相反する考え方が、同時期に同じ場所で重宝されていたということがわかり、興味深い。一連のコロナウイルス騒動に悩まされた私たちも、様々な死や困難を経験し、心が乱された。緊急事態宣言の発令により、家族や恋人や友人と離れ離れになり、寂寥感を覚えた人は少なくないだろう。そうしたとき、私たちは何を心のよりどころにしたのか。神(あるいはそれに類する概念)を盲目的に愛したのか、それとも今この瞬間を大事にしたのだろうか。 哲学や宗教が現代において関心を持たれないのは、すなわち「役に立たない」と思われていることにある。確かに哲学は学ぶだけでは役に立たない。学んだことをどう活かすのかが大事であり、それは他の学問においても同じことが言えるだろう。哲学はその応用が他の学問に比べて難しいだけである。しかし、その応用を可能にすることによって、人生は幾ばくかの豊かさを得ることができる。そして本書はその足掛かりとなるのではないかと思う。