フィンセント・ファン・ゴッホの思い出
著 者:ヨー・ファン・ゴッホ=ボンゲル
出版社:東京書籍
ISBN13:978-4-487-81324-7

なぜ彼女はゴッホを巨匠に作り上げたのか

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

菊地恵利子 / TRC 仕入部
週刊読書人2020年8月21日号


画家・ゴッホの名は、誰もが知るところだろう。弟テオに経済的に頼っていたこと、耳切り事件を起こしたこと、麦畑で拳銃自殺したことを知る人も多いだろう。しかし、ゴッホの後を追うように亡くなった弟テオの代わりに、ゴッホの絵画を保護・管理し、画家としての名声を高めたのが、弟テオの妻、ヨー・ファン・ゴッホ=ボンゲルであったことを知る人は少ないのではないだろうか。
 
本書は、1913年にヨーが著した伝記「フィンセント・ファン・ゴッホの思い出」に、作家・美術批評家であるマーティン・ゲイフォードが解説を加えたものである。ヨーは、テオの元に残された膨大な書簡を整理し、家族からの聞き取りも加え、ゴッホの少年時代から最期までを描き出した。そこに浮かび上がるのは、一般に知られている傲慢で短気な狂気の画家というイメージを塗り替える、新たな人物像―社会でコミュニケーションをとるのが難しく、独特のこだわりを持つ、現在で言うASD(自閉症スペクトラム)の特性を持ち悩む青年と、その青年との軋轢に苦しむ両親や弟の姿だ。
 
そしてこの伝記は、解説を読むとまた違った側面を現す。私が解説を読んで驚いたのは、ヨーが義兄・ゴッホとは生涯3回しか会ったことがないこと、新婚生活はわずか1年半であったにも関わらず、夫テオの遺志を継ぎ、その後35年もの間、ゴッホの作品を世に広める活動に人生を捧げたという事実だ。20代半ばの平凡な女性をそうさせたものは、いったい何だったのか。
 
解説によると、ゴッホが耳切り事件を起こしたのは、テオとヨーの婚約の知らせを受け取った後であること、ゴッホが自殺したのは、ゴッホの前でテオとヨーが家計のことで諍いを起こした後であることがわかる。ゴッホは弟テオが自分を見捨てること、自分がテオの重荷になっていることに極度の不安と焦燥を覚えていた。ゴッホはテオとヨーの諍いについて、後に手紙でこう記している。「今回ばかりは自分の人生の根本を傷つけられた気分だよ。まともに立っていられないくらいだ」。ヨーもまた、自分が義兄の死の原因の一端であったことに罪悪感を抱いた。それはゴッホの死の直後に、夫テオに送った手紙にも表れている。「フィンセントがうちに来ていたときにもう少し優しくしてあげたらよかった」「最後に会ったときフィンセントに辛くあたって、ほんとうに申し訳なかったと思っているのよ」…。
 
解説にあるとおり、真に客観的な伝記などありえない。現実にはヨーは、一人息子の将来や夫テオの名声を守りながら、義兄ゴッホを巨匠として作り上げる必要があり、そのために敢えて書かなかったエピソードもあった。それでも生前ほぼ無名であったゴッホの作品が散逸せず今日観ることができるのは、ヨーの功績であったことに疑いは無い。本書はゴッホの伝記であるとともに、一人の平凡な女性の偉業を伝える物語でもあるといえよう。