新しい広場をつくる 市民芸術概論綱要
著 者:平田オリザ
出版社:岩波書店
ISBN13:978-4-00-022079-8

「広場」は何故必要か?

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

宮田祥一郎 / TRC 中四国支社
週刊読書人2020年8月21日号


新型コロナウイルスの世界的流行は、人間の生活様式を変え、社会の構造も変えてしまうかもしれない。よって、コロナ以前とコロナ以後で、社会のニーズは大きく異なると思うが、少なくともコロナ以前は「広場」が流行していた。「広場」は物理的な広場の場合もあるが、劇場、博物館、図書館、カフェなど、年齢、性差、国籍、障害の有無等に関係なく、人が自然と集まれる、中立で平等な場所も「広場」と認識されていたと思う。
 
何故「広場」が流行したのか?一般的には、日本が人口減少のフェーズに入った中で、特に人口減少が著しい地方に人を呼び込み、地域を活性化するために「広場」が必要なのだという話はよく聞いた。「広場」でイベントを企画して、何百人、何千人が集まったという成功事例は、色々な本にまとめられている。しかし、人を集めただけで地域は活性化するのだろうか?
 
日本を代表する劇作家である平田オリザ氏が本書で指摘するのは、「広場」は人を集めるためでなく、「文化資本」の偏在を解消するために必要なのだということである。「文化資本」とは、端的に言うと、個人が幼少期から周囲の環境によって自然と身につけ、成人してから後天的に身につけることが難しい、文化的なセンスや価値観である。 「文化資本」が厄介なのは、成人してから「文化資本」を身につけようと努力すること自体が、却って文化を「非文化的なもの」に変質させてしまうということである。自然と身についたものでなく、意識して身につけること自体が「資本」でなくなるということである。
 
平田氏は「文化資本」の偏在を解消する方策として、自分の専門分野である演劇を活用できないかと考え、「劇場法」の制定に奔走する。日本には2000以上の公共ホールがあるそうだが、主たる業務は演劇や音楽の上演と貸館業務の二つだけである。
 
例えばフランスの劇場は、創作活動に専念できるよう宿泊施設が併設されていたり、舞台美術を製作するための工房があったり、衣装や小道具を製作するための作業場がある。劇場は上演と同時に創作の場所であり、創作した作品を販売することで収益を上げることができる。そして、それらを調整するために芸術監督やプロデューサー等の専門家を配置している。やはり「広場」を機能させるのは人なのだ。
 
本書のタイトルの元となった宮沢賢治の「農民芸術概論綱要」の一節が突き刺さる。「誰人もみな芸術家たる感受をなせ」。結局市民ひとりひとりが文化的な感性を培わない限り、成熟した社会は生まれないということだろう。「広場」はそのためにある、ということを再認識させてくれる本である。