こいぬのルナ、コロナウイルスにたちむかう
著 者:アダム・M・ウォレス作/アダム・リオング絵
出版社:子どもの未来社
ISBN13:978-4-86412-177-4

「いま」「まず」必要なこと

子どもたちと考えるための足場

奥山恵 / 児童文学評論家・大学講師・児童書専門店店主
週刊読書人2020年8月21日号


いまやどんな豪華本でも作れる絵本の世界にあって、縦横二〇センチ弱のソフトカバー、サッと手にとりパラパラっと めくれるこの本は、まず、「緊急出版」であることを伝えている。新型コロナの広がりの中で、突然、学校が休みにな り、在宅を強いられることになった子どもたちに、「いま」何が起きていて、「まず」どうすればいいのかを知っても らうには、この簡素さは、ふさわしい。
 
とはいえ、もちろん内容まで簡素というわけではない。緊急医療技術者の経験を持ち、公衆衛生学を学んでいる作者な らではの情報――感染の症状、検査・治療の方法、手洗いやソーシャル・ディスタンスの効果などが、子どもにもわか りやすい言葉でまとめられている。手洗いの時間は「ABC」の歌を歌うくらいがいいといった具体性が親しみやすい 。巻末には周囲の大人のために、詳しい解説もついている。新しいウイルスは、免疫システムによってもまだ「たたか う」ことはできないけれど、「たちむかう」方法はいくつもあると知ることができる。
 
そして、そうした情報が、さまざまな工夫によって、子ども読者に届けられている。たとえば、子犬のルナが尋ね、親 犬のマウイが答えるというかたちになっていること。親や先生や情報番組から、一方的に注がれるような言葉ではなく 、犬たちの会話がやわらかい響きをかもしだす。たとえば、トイレットペーパーを買い占めるような行動についての説 明などは、犬の視点を通しているので非難がましくない。貼り絵のような線と色による、乾いた風合いのイラストも印 象的だ。表紙にはイガイガのある「コロナウイルス」が描かれているが、「無生物と生物の中間」と言われるウイルス の無機質な存在感が、世界全体に及んでいるような不思議な感覚が味わえる。
 
あとがきによれば、作者アダムは、たくさんの医師仲間と相談し、また妻や両親からの編集アドバイス、そして、子ど もたちの図書ボランティアをしていた祖母の教えなどを総動員して、この絵本を作ったという。たしかに、この一冊か らは、訳者や出版人含め、多くの大人たちが「いま」「まず」必要なことを届けたいという強い姿勢が感じられる。子 どもたちが安心と信頼を感じるのは、そうした多くの人々の姿勢を手にする時なのではないだろうか。
 
人間の行きすぎた開発や自然との関係、グローバルな経済や格差社会の感染の実態など、子どもたちと考えたいことは 他にもたくさんある。この「緊急出版」は、そのための足場固めになりうるだろう。(上田勢子訳)(おくやま・め ぐみ=児童文学評論家・大学講師・児童書専門店店主)

★アダム M・ウォレス=救急医療技術者として十一年間勤務し、医療を提供する非営利団体「フローティング・ドク ターズ」でパナマ農村部で三年間のボランティア活動にも携わる。現在は南フロリダ大学で公衆衛生学を学ぶ。