最後の湯田マタギ 黒田勝雄写真集
著 者:黒田勝雄
出版社:藤原書店
ISBN13:978-4-86578-271-4

湯田の暮らし、時間の厚みを丁寧に描写

熊狩りの緊迫感、山里の四季折々の貴重な記録

飯沢耕太郎 / 写真評論家
週刊読書人2020年8月21日号


人の暮らしの変化というのは驚くべきことで、かつては当たり前だった仕事や生活の風習が、もはや消えつつあるとい うことがよくある。集団で山中に分け入って熊、カモシカなどを狩るマタギもその一つだろう。今でも、秋田県、山形 県などで続けられてはいるが、マタギだけで生計を立てることはむずかしくなった。本書は、黒田勝雄が秋田県との県 境に近い岩手県和賀郡湯田町(現・西和賀町)のマタギとその家族たちの暮らしを中心に、一九七七〜九七年に撮影し た写真をまとめた写真集である。
 
湯田は東北有数の豪雪地帯で、同町の湯之沢には山深い長松地区から移住してきた人たちが暮らしている。その一人の 高橋仁右ェ門さんはマタギの頭領(オシカリ)を務めてきた家の末裔で、この人を中心にマタギの集団が組織されてい た。写真集の最初のパートには、一九九一年、三度目の撮影でようやく撮ることができた熊狩りの写真がおさめられて いる。銃を持たずに熊を追い立てる勢子(せこ)、追い込まれた熊を仕留める待人(まっと)といった役割がきちんと定め られ、獲った熊の肉は、高価な胆嚢を含めて、くじ引きによって均等に分配されるように定められている。食べられる 部位のすべては、宴会に供せられるのだという。
 
この緊迫感のある熊狩りの場面は、いわば本書のクライマックスといえる。だが、本書におさめられた写真の魅力は、 そこだけにあるのではない。むしろ重要なのは、湯田の住人たちの暮らしのあり方が、実に丁寧に描写されていること だろう。春の山菜採り、長松地区まで田畑を耕しに出かける「遠隔地農業」、こけし造り、山の温泉、墓参りや盆踊り の賑わい、旧正月の餅つき、「裸まつり」、女性だけの宴会の「毘沙門さま」――そんな四季折々の写真に写っている 場面も、もはや失われつつあるものが多く、貴重な記録になっている。ともすれば、珍しい職業であるマタギだけにス ポットが当たりがちだが、むしろ山里に流れる時間の厚みを捉えたこれらの写真群の方が、これから先は大きな意味を 持ってくるのではないかとも思える。
 
作者の黒田勝雄は一九三八年に栃木県足利市に生まれ、慶應義塾大学経済学部を卒業後、会社員をしながら職場の写真 クラブで活動し始めた。妻は俳人の黒田杏子である。一九七五年に現代写真研究所に入所し、写真を本格的に学ぶ。彼 の写真家としてのキャリアを考えると、このことがとても大事だったのではないだろうか。
 
東京・四谷の現代写真研究所は、日本リアリズム写真集団(JRP)の会員たちを中心として、一九七四年に「プロと アマチュアの区別を越えて写真で発言する意思と技量を持つ写真家の育成」をめざして設立された写真講座である。土 門拳のリアリズム写真運動の流れを汲む同研究所のカリキュラムは、社会的な現実を深く見つめ、その問題点をつかみ 出して発信するドキュメンタリー写真を基調としたものだ。
 
黒田の写真のスタイルも、正統派のドキュメンタリー写真といってよい。だが、『最後の湯田マタギ』におさめられた 写真を見ていると、かつてはやや教条主義的で、パターン化していた日本リアリズム写真集団/現代写真研究所の写真 家たちの写真のスタイルが、柔らかなふくらみを持ち始めているのがわかる。特に湯田の女性たちの日々の暮らしぶり を、表情豊かに追った写真にそのことを感じる。
 
デジタル時代を迎え、以前は新聞、雑誌等での発表の機会が多かったドキュメンタリー写真のあり方も、大きく変わっ てきた。だが、雑誌メディアでの発表がかなりむずかしくなってきている現在でも、写真集という形で写真作品をまと めることには、まだいろいろな可能性が残っているのではないだろうか。(いいざわ・こうたろう=写真評論家)
 
★くろだ・かつお=写真家・日本リアリズム写真集団会員・市川写真家協会会員。現代写真研究所の講師を務める。雑 誌「兜太 Tota」1~4巻(全巻)で写真を担当。近年の写真展に「浦安 湾岸のまち」、写真集に『浦安 元町1975- 1983』など。一九三八年生。