パレスチナ人とイスラエル 中東百年紛争の「解」を求めて
著 者:森戸幸次
出版社:第三書館
ISBN13:978-4-8074-2001-8

中東の動乱から抜け出す試み

長年の現地調査で取り組んできた考察の到達点

髙岡豊 / 現代シリアの政治
週刊読書人2020年8月28日号


昨今のパレスチナを取り巻く情勢は、極めて厳しい。また、アメリカ政府の政策や、アラビア半島の産油国によるイスラエルとのなし崩し的「正常化」も相まって、アラブ・イスラエル紛争そのものが今やなかったことになりつつある。そうした中、本書はパレスチナ問題を域内動乱の淵源と位置付け、今日の中東の動乱から抜け出す上での希望を見出す試みの考察として刊行された。その内容は、イスラエルとパレスチナ人という紛争当事者の各々の主張と考え方(序章~第三章)、紛争当事者のいずれかの立場に依拠しては解決し得ない限界に到達する過程(第四章~第八章)、紛争当事者が相互に認め合うような現存的な解決を希求する提起(第九章、第十章)、H・ヘイカル氏(エジプトの著名著述家。二〇一六年に死去)による「アラブの春」後の展望(第十一章)、「アラブの春」についての著者の期待(補章)によって構成されている。こうした内容は、著者が長年現地調査に取り組んできたテーマについて考察の到達点の一つとも位置付けられる。また、巻末に相当量の年表や文献リストが付されており、教科書としての用途や一般向けの書籍としての用途も意識したものともいえる。
 
著者が本書で展開している考察の要点は、イスラエルとパレスチナ人が双方の民族的権利を認め合う二国家共存を提起している点と、外部からの侵略や圧迫と内部の専制が相互に連動しアラブ諸国が危機から脱するのを妨げるという構造を指摘し、「民主革命」として「アラブの春」に期待を表明している点にある。考察の基底には長期間の現地経験がある。長年にわたり現地を訪れ、地元の有識者と密接な関係を築くとともに市井の人々からの聞き取りを通じて洞察を得るのは、日本の報道や研究分野の専門家が得意とするところである。
 
一方、本書が中東和平の行き詰まりを描写する過程で、難民帰還問題に頻繁に言及されている。ヨルダン、シリア、レバノンなどに在住するパレスチナ人への調査の成果を反映させられたら、この点についての考察は一層包括的なものとなっただろう。同様に、アラブ諸国の現状は補章執筆時(二〇一二年)の展望に沿ったものとは言えず、現状を踏まえた分析を追加すれば考察の価値がさらに高まっただろう。また、本書ではパレスチナ人とイスラエルとの争いの軸、アラブ諸国が危機を乗り越えるヒントとして国家やナショナリズムが論じられている。他方、本書の中では分断要因として挙げられている民族・宗派・部族にも、それらに帰属する民が各々の政治状況に応じて形成してきた共同体としての性質がある。民族・宗派・部族が政治的な集団として形成される過程そのものは本書の直接的なテーマではないのでやむを得ない点もあるが、これらの集団を自明かつ所与のものとみなすことは中東の紛争やアラブ地域の将来を展望する上での歪みの原因にもなりかねない。今一つ留意点を挙げるならば、中東紛争や本書の議論の中で核心的な位置を占めると思われる固有名詞にまで標記の揺れや変換ミスが残っていることだ。これにより本書の内容の理解が困難になっている。(たかおか・ゆたか=現代シリアの政治)

★もりと・こうじ=静岡産業大学経営学部教授・国際関係・国際政治論・紛争史。著書に『パレスチナ問題を解く』『中東和平構想の現実』など。一九五〇年生。