パトリックと本を読む 絶望から立ち上がるための読書会
著 者:ミシェル・クオ
出版社:白水社
ISBN13:978-4-560-09731-1

絶望の淵に立たされた黒人青年

生の残酷さに立ち向かう文学の力

石川千暁 / 大妻女子大学 文学部専任講師・アフリカ系アメリカ文学
週刊読書人2020年8月28日号


昨今の「ブラック・ライヴズ・マター」の広がりを見て、米国の人種問題に興味を持っているとしたら、ぜひ本書を読んで欲しい。絶望の淵にいた一人の黒人青年が、アジア系女性教師との読書と対話を通して自分と世界を見つめ直す姿を描く回想録である。

プロローグに引かれている「名のないものの恐さから、ぼくたちを守るのは言葉だけ」というノーベル賞作家トニ・モリスンの文言通り、生の残酷さに立ち向かうための文学の力がテーマとなっている。黒人が置かれている社会状況を歴史的に説明することにおいても抜かりがない。 著者ミシェル・クオは中西部のミシガン州出身、台湾からの移民の二世である。ハーヴァード大学法学部卒業後、両親の反対を押し切って南部の最貧地域ミシシッピ・デルタに赴く。デルタの中心に位置するアーカンソー州ヘレナのオルタナティブ・スクールで、NPOのボランティア教師となることを決めたのだ。本書がたどるのは二〇〇四年から二○○六年までの教師生活と、当時の生徒の一人であるパトリックとの再会と交流である。

デルタは南部でも特に人種差別の激しい地域として知られており、初期の公民権運動の本拠地でもあった。運動の痕跡が残る場所で働けるだけでもいい。デルタ行きを決めた動機について著者はそう語っている。アジア系である彼女は、両親から受け継いだ自分の保守性に嫌気がさしており、黒人作家や活動家の怖れを知らぬ態度に憧れていたのだ。マーティン・ルーサー・キング・ジュニアやジェイムズ・ボールドウィンといった公民権運動の指導者の言葉が引かれ、自分も理想のために行動するのだと熱く心に誓っている。

勤めていたスターズはオルタナティヴ・スクールといえば聞こえがいいが、要するに普通の学校を追い出された生徒がやってくる場所である。校長によれば八年生(日本の中学校二年生にあたる)ですら四年生程度の読解力しかない。学校とはいえ、まともな図書室も体育館もない。体罰が横行している。のみならず、ベルトから警棒をぶら下げた学校づきの警官が見回りをしている・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こうした環境に飛び込んでいき、貧困のせいで生きることに希望を見出せないでいる生徒たちを相手に、辛抱強く読み書きを教えるのである。毎朝五時に起きて授業の準備をする生活を続けたせいで、食習慣は狂い、自分の部屋は汚れたままだったという。彼女の真摯な働きかけに応え、生徒たちは少しずつ読書の喜びを学んでいく。 

ロースクールに合格すると、著者はためらいながらもデルタを去る。弁護士として人種差別の歴史に立ち向かうという野心があったからである。しかしロースクール三年目のある日、かつての教え子パトリックが人を殺したという知らせを受ける。妹の連れの男と喧嘩になり、刺したのだ。スターズでもっともめざましい成長を見せていた彼は、再会した時には文字も満足に綴れないほどに後退している。デルタを去った罪悪感に打ちのめされた著者は、カリフォルニアの自宅を引き払い、パトリックに寄り添うことを決意する。 その後彼女は七ヶ月間拘置所に通う。毎日面会に訪れてはともに詩や俳句を読み、パトリックが詩作したり幼い娘に手紙を書くのを見守るのだ。看守の男から――時にはパトリックからさえも――不快な性的好奇心を向けられながら。 

やがて著者は、奴隷に生まれながらも立身出世したフレデリック・ダグラスの自伝を手渡す。かつての黒人奴隷たちと自分自身に共通したものがあることに気づき、苦悶しながら自分を律しているパトリックの姿は、ダグラスその人のようであったと著者は書いている。「本人は気づいていなかったし、認める気もなかったろうが、私の目にはパトリックが何とダグラスと似ていたことか。」たまらなく感動的である――パトリックが「ちゃんとした人間」になるための本当の闘いが始まるのは、実はこれからだという事実があやうく霞んでしまうほどに。 

タイトルに惹かれて本書を手にする人が共感するのは、おそらく次のような一節だろう。「そう、結局はこんなにも簡単なことなのかもしれない。ある人に本を一冊渡す。その人がそれを読み、心を動かされる。ある段階を越えたら、あなたはただの本を運ぶ人になる。」だが、読書の力のみでパトリックは知的成長を遂げたわけではない。三〇〇ページ以上にわたって示される著者の献身と知性があったからこそ、二人はこの「段階」に達したのである。 

読んでいる間中、頭を離れなかったのは、もしも著者が男性だったらここまでしただろうか、という問いだった。彼女を駆り立てた「人の役に立たなければならない」という使命感と、徹底した謙遜の態度には、深く内面化されたジェンダーを見ないわけにはいかなかった。自由になりたいと感じていたのは著者自身でもあったのではないか。他者への奉仕を美徳として育てられた多くの女性たちの姿を思い浮かべながら、そう考えた。(神田由布子訳)(いしかわ・ちあき=大妻女子大学文学部専任講師・アフリカ系アメリカ文学)

★ミシェル・クオ=ミシガン州生まれの台湾系アメリカ人。ハーヴァード大学卒業。アメリカン・ユニヴァーシティ・オブ・パリスで人種・移民問題や法律を教える。本書が初の著作。