愛のディスクール ヴァレリー「恋愛書簡」の詩学
著 者:森本淳生・鳥山定嗣(編)
出版社:水声社
ISBN13:978-4-8010-0475-7

ヴァレリーの恋愛、創作の根元に

恋愛書簡をめぐる考察、研究の可能性を広げる

井上直子 / 大阪教育大学准教授・フランス文学
週刊読書人2020年8月28日号


ヴァレリーの生涯はさまざまな女性に彩られている。まず一八九二年、パラヴァスで見かけた女性に心を乱され、嵐の夜、それを知性によって制御しようと決意した(ということになっている)。この夫人が、二〇〇〇年になって正体が明らかになったド・ロヴィラ夫人である。さらに一九二〇年、カトリーヌ・ポッジとの恋愛が始まる。この愛は一九二八年に終止符を打つが、それより前の一九二五年に彫刻家ルネ・ヴォーティエ、一九三三年にヴァレリーを崇拝する研究者エミリー・ヌーレ、一九三七年にジャンヌ・ロヴィトン(ジャン・ヴォワリエ)と出会う。ただし、フランス本国では、国葬の詩人ヴァレリーの印象を壊さないためか、女性関係に関する研究への着手は遅く、本格的に考察が進んだのは今世紀に入り、カトリーヌ・ポッジとの往復書簡、ジャン・ヴォワリエとネエール(ルネ・ヴォーティエ)への手紙が出版されてからである。これに対し日本では、一九八五年の清水徹氏の研究を皮切りに、二〇〇三年にはすでに草稿を基にした「ド・ロヴィラ夫人資料」の注釈と翻訳がなされ、それ以後も新たな研究が発表されている。本書は二〇一九年一二月に京都大学で開催されたシンポジウムの論文集で、恋愛書簡に関してさまざまな成果を出してきた研究者たちの最新の報告である。

論考は、まず今井勉氏のド・ロヴィラ夫人に関する「恋文」の分析から始まる。自分のことを知らない夫人に向けて、ヴァレリーは恋文を書き続ける。今井氏はこの「恋文草稿」を丹念に分析しつつ、そこに文学作品を生み出す修練を読み取る。興味深いのは、晩年の『カイエ』でヴァレリーが女性たちを「試練を与える存在」とし、自分はその試練に立ち向かう力を求めながらも、それには耐えられない、とした断章の分析である。今井氏はこの試練の根源にあるのがド・ロヴィラ夫人体験だったと結論づける。松田浩則氏はカトリーヌ・ポッジの残したAve(「こんにちは」) とVale(「さようなら」)という二篇の詩を分析しつつ、当時の二人の関係を日記と手紙から詳細に洗い出す。特に、カトリーヌがヴァレリーの『カイエ』に英国詩人スウィンバーンの詩行を書き込んだという情報は、この書き込みがファクシミリ版にもプレイヤード版にも反映されていないことから、非常に貴重なものである。松田氏は二〇一八年に水声社から刊行された『ヴァレリーにおける詩と芸術』において、日記や残された書簡を細部にわたって見ていくことの重要性と可能性を指摘しているが、本論考はまさにその実践だと言える。また鳥山定嗣氏は、女性単数形のamour に着目し、この用法がカトリーヌ、ジャン・ヴォワリエ、ルネ・ヴォーティエに関わるいずれの作品にも登場していることを示した。さらにジャン・ヴォワリエに関わる「ナルシス交声曲」において、ジャンヌ(ジャン・ヴォワリエ)がナルシス、ヴァレリーがナンフ、というように、男女の役割が逆転している、という指摘は興味深い。ここから「二人で一人」という視点がポッジからジャン・ヴォワリエにまで貫かれていることが明らかにされる。塚本昌則氏は、ポッジとの破局のエピソードを紹介し、その直後にヴァレリーのテクストに犯罪に関する記述が登場することに注目する。この「犯罪」という語にはあらゆるものから身を離す眼差しが結びついており、「世界からの乖離」は、初期の思想においてすでに傲慢さと結びついて述べられていた。この点から、塚本氏はポッジとの出会いはヴァレリーの根底にあったエネルギーを蘇らせたと結論づける。『ヴァレリーにおける詩と芸術』(水声社)でポッジに関する論考を発表した森本氏の論文は、ここでは主にルネ・ヴォーティエ、ジャン・ヴォワリエを対象とする。そこでは特にジャン・ヴォワリエとの書簡がマラルメ論や知的回想録との関わりの中で解釈され、恋愛書簡はもはやエロスの記録ではなく、ヴァレリーの知的な文学活動とつながっているということが示される。

五人の論考はいずれもヴァレリーの恋愛を「知性の人のもう一つの面」としてとらえるのではなく、それが創作の根元に深く関わっていたと強調する。また、序文では伝記的な事実を並べることが目的ではないとされるが、ポッジとヴァレリーが破局を迎える際のタクシーのエピソード、一九二二年にポッジのもとを訪れたヴァレリーがナイフを持っていたこと、先に挙げたスウィンバーンの詩にまつわるエピソード、ルネ・ヴォーティエとヴァレリーの間に交わされた、胸像に目を入れるか否かというやり取りなども紹介されており、読み物としても面白い。『恋愛書簡』をめぐる考察は、ヴァレリーを象徴する問いである「一人の人間に何ができるか」から「二人で人間は何ができるか」へと射程を広げるものであり、ヴァレリー研究の今後の可能性がここに明示されている。(いのうえ・なおこ=大阪教育大学准教授・フランス文学)

★もりもと・あつお=京都大学大学院准教授。一九七〇年生。
★とりやま・ていじ=名古屋大学大学院准教授。一九八一年生。