負けない力
著 者:橋本治
出版社:朝日新聞出版
ISBN13:9784022619334

負けない力

図書館員のおすすめ本(日本図書館協会)

磯谷奈緒子 / 海士町中央図書館(島根県)
週刊読書人2020年8月7日号(3351号)


 平成から令和へと元号が変わり,時代の節目を迎えた。昭和の文壇で異彩を放ってきた橋本治氏による本書は,昭和という時代からのバトンのような作品である。
 冒頭から「この本はなにかの役に立つような実用性のある本ではありません」(p.3)と橋本節が飛び出す。しかし読み進めれば,その真意が性急に答えやノウハウを求める現代に対する自身の考えによるものだとわかるだろう。
 タイトルの『負けない力』は「知性とは何か」という問いに対する著者の答えである。
 薄ぼんやりして見えにくい,知性を必要としていない時代だが,役に立つか立たないかの絶対的判断はできないとしても,平気で捨ててしまってよいのか。その中に結構複雑なものが隠されているかもしれないと易しく語りかけてくれる。
 学校教育の世界では,数値化できる偏差値を価値基準としたことで知性が排除され,成績で選別される社会になったと指摘する。確かに,子どもの独創性を育てる教育がない国に,独創的な発想力を持つ人材は育ちにくいに違いない。教育の効率化により生み出される現実とのズレは「ものづくり日本」を揺るがし始めている。
 教育の他にも,勝ちに固執しすぎて負けてしまった戦争の本質や日本における知性の変遷,サブカルチャーまで幅広く実に軽やかに論じている。
 これらの根底にあるのは,思い込みを捨て,考えることの大切さである。自分で「自分の考え方」を掘り当て,さらに自分1人でなく人と話し合うことが必要であり,それこそが知性のなせるわざであると最後を締めくくっている。
 「世界はまだ完成していない」という地平に立ち,一人ひとりが違和感と向き合うこと,そして考え続けることが世界を動かしていくのかもしれない。今すぐ「知性」の世界に一歩踏み出したくなる本である。