ピアノの巨人 豊増昇―「ベルリン・フィルとの初協演」「バッハ
著 者:小澤征爾、小澤幹雄
出版社:小澤昔ばなし研究所
ISBN13:9784902875720

ピアノの巨人 豊増昇 「ベルリン・フィルとの初協演」「バッハ全曲連続演奏」

図書館員のおすすめ本(日本図書館協会)

小熊秀子 / 沼田市立図書館
週刊読書人2020年8月14日号(3352号)


 小澤征爾。言わずと知れた日本を代表する世界的指揮者である。この小澤の音楽の原点となった一人がこの豊増昇である。
 ピアニストをめざしていた中学生の征爾にとって,ラグビーの試合で両手人差し指を骨折という致命的な怪我をしたとき,師事していた豊増は「指揮という道もあるよ」と示唆してくれたのだ。
 「音楽は,非ヨーロッパ人には踏み込みえない領域で(中略)バッハの音楽はドイツ人音楽家にしか演奏できない」(本文p.25~26)という考え方の時代にドイツでバッハ(《ゴルトベルク変奏曲》)とベートーヴェン(「ピアノ・ソナタ第32番」作品111)を弾いて,ヨーロッパの著名な音楽評論家を絶賛させたという。中でもバッハの《ゴルトベルク変奏曲》は難曲中の難曲で,ドイツ人でさえも滅多に取り上げないというのだから驚きである。そして豊増は,日本人のソリストとして初めてベルリン・フィルと共演しヨーロッパの一流の聴衆から最高の賛辞を受けた,まさに「ピアノの巨人」である。豊増が活躍した時代は戦争色濃く,まして日本やドイツは第二次世界大戦の敗戦国であり,芸術交流が乏しくヨーロッパでの活躍の情報も日本に入ってこなかった。いまもなお知名度が低い理由はそのためかと思われる。
 本書は,著者の一人であり征爾の弟である幹雄が夫人にインタビューしてまとめた豊増の生涯と業績のほか,征爾のみならずピアニストである舘野泉らが語る恩師豊増,征爾の兄俊夫の翻訳による外国の新聞記事や演奏会のプログラムなど,多彩な内容を盛り込んでいる。また,豊増は古典音楽の研究としてバッハ全作品の演奏を極め,現代における古典演奏の課題を投げ掛けている。日本の音楽界のパイオニアの豊増を知る本書は,音楽を志す者ばかりでなく一般の方々にも一読の価値はあると思う。