星に仄めかされて
著 者:多和田葉子
出版社:講談社
ISBN13:978-4-06-519029-6

国境を越えた言語を巡る旅へ

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

新保有香 / 江戸川区立中央図書館(指定管理者)
週刊読書人2020年9月4日号


 母国がなくなったら、母語を話せる相手がいなくなったら、そんな想像をしたことがあるだろうか。外国へ行ったら帰る国がない、日本語を覚えている人がいなくなる、島国で育ち暮らす自分には身近な話ではなかった。だが、多和田葉子氏の著作『地球にちりばめられて』は、そのテーマについて深く考えるきっかけを与えてくれた。今作は、その続編である。

 Hirukoは母国である太平洋に浮かぶ島国と連絡が取れなくなり、母国が消滅してしまった女性である。そして、彼女を軸に不思議な繫がりによって知り合った人々。それぞれの人生を描写しながら、独特の言葉遊びを交えて、読者に言語の魅力、人々の尊厳、国境とは何なのか、そして〝日本〟という国の文化を読者に伝えていく。

 作中の世界では、〝日本〟と思われる国はすでに存在していない。そこで話されていた言語を話す人もいなくなり、その消滅した国を覚えている人もほとんど存在しなくなっている。本当に消えてしまったのか、それとも何か秘密があるのかは分からない。確かなことは、それでも地球は回っていて、世界は動いているということである。仕方なくHirukoは、移民としてヨーロッパを移動しながら暮らしていく。そこで何とか同じ母語を持つSusanooを見つけるのだが、彼は言葉を失っている。

 今作では、失語症と思われるSusanooの見舞いに、人々は集う。もう存在していない消滅してしまった国の言葉を失ったSusanooを担当する医師ベルマーの言葉が残る。「そんな言語を取り戻すことにどういう意味があるのだろう」。取り戻すのは、言葉なのか、声なのか、母語なのか。

 また新たな人物も加わり、より個々のアイデンティティが明らかになっていく。意外な人物同士が繫がっていたり、読むほどに発見があるのも面白い。〝日本〟という国が消滅し忘れられた世界で、たまに出てくる〝日本〟を思わせる文化、民話、食べ物、地名それぞれが輝きを放ち、〝日本〟を俯瞰して見ながら、その魅力に懐かしさを覚えるのは不思議な感覚だ。どれも失いたくないと思わされる。

 奇しくもコロナ禍において国境がはっきりしつつある今、彼らとともにヨーロッパを旅するのも悪くない。この世界においては、国境などは超越し人々は繫がっている。この先の世界の行方は分からないが、今この作品に出会えたことは幸運であった。

 物語の終盤では、皆でHirukoの故郷へと旅立つ。故郷は見つかるのか、「大きな旅に出るのは、生まれ変わるようなものだろう。」というSusanooの言葉通り、皆生まれ変わっていくのか見届けたい。

〝日本〟は一体どこへ行ってしまったのだろう。人々はどこから来て、どこへ向かうのだろうか。旅はさらに続く様相である。次作への期待が膨らむ。

 そして、彗星菓子手製所の和菓子によるシンプルな装丁は今回も美しい。ストーリーと共に楽しんではいかがか。