トーキング・トゥ・ストレンジャーズ
著 者:マルコム・グラッドウェル
出版社:光文社
ISBN13:978-4-334-96242-5

他人を理解することの難しさ

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

土屋綾 / TRCデータ部
週刊読書人2020年9月25日号


 サンドラ・ブランド―若いアフリカ系アメリカ人女性―は、車線変更の際に方向指示器を出さなかったという理由で身柄を拘束され、3日後に独房で自殺した。彼女を逮捕したのは白人警察官だった。一見すると今話題のBLM(ブラック・ライブズ・マター)について書かれた本のようだが、そうではない。著者はこの事件をはじめとするBLMの一連の議論に満足がいかず、その真実を追求するために本書を書いたという。その真実とは他人とのコミュニケーションの問題だ。

 他人とのコミュニケーション、特に「よく知らない他人」との関係性で問題となるのは「デフォルトでの信用」「透明性の幻想」「結びつき」だ。基本的に人は他人を信じるようにできていて、社会は他人を信用することで成り立っている(デフォルトでの信用)。相手の態度や行動が感情を読み解くための信頼できる手がかりだと過信する(透明性の幻想)。人が起こす行動はきわめて限られた状況や条件にリンクしている(結びつき)。これらの理論について実際に起きたさまざまな事件を取り上げて分析し、冒頭の事件を解き明かしていく。この事件がなぜ起きたのか、それは、警察官がデフォルトで信用することをやめ、透明性を過信し、取り締まるべきではない場所で取り締まりを行った結果であって、よく知らない相手と話す方法を知らない社会で起こるべくして起こった出来事だと著者は結論づけている。

 私が特に興味を持ち、かつ怖いと思ったのは「透明性の幻想」についてだ。見知らぬ他人について判断するとき、その態度や行動から内面を読み解けると考えがちだが、この考えを過信すると人は過ちを犯す。なぜなら態度や行動が内面と一致する素直な人物もいれば、外的行動と内面が一致しない人物も存在するからだ。テレビドラマの捜査官は簡単に人の嘘を見抜くように描かれるが実際はそうではない。経験豊富な法執行官の集団に嘘つきの映像を見せ、誰が嘘をついているのか判定するという実験の結果がそれを表している。行動と内面が一致する人物については全員を見分けることができたという。だが、不一致の行動をとる人物に対する正答率は20パーセントだったというから衝撃だ。私は緊張すると意図せず挙動不審な行動をとってしまうのだが、果たして他人は私の内面をどう判断しているのか…とても不安になる。

 本書を読んでも簡単に他人とコミュニケーションをとれるようにはならないだろう。むしろ見知らぬ他人を理解することがいかに難しいかを再認識させられる。だからこそ私たちは著者のこの言葉を心に刻んで他人と向き合うべきなのだ。「この本であなたに何かひとつだけ伝えることができるとしたら、これにしたい―あなたのよく知らない他者はけっして単純ではない。」