蓼食う人々
著 者:遠藤ケイ
出版社:山と溪谷社
ISBN13:978-4-635-81016-6

「悪食」から見直す食の常識

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

石岡薫 / TRC仕入部
週刊読書人2020年9月25日号


 最近「コオロギせんべい」が注目されているというニュースがあった。エビのような香ばしい風味で、若者の間で人気だという。世界の人口増加に伴い食糧不足が見込まれる中、たんぱく質が豊富で家畜の代替品として昆虫食が注目されている。近年、昆虫食をテーマにした新刊書籍の刊行もいくつかあったが、中でも本書『蓼食う人々』は、トウゴロウ(カミキリムシの幼虫)やザザ虫といった昆虫だけでなく、カラスや山椒魚、海馬(トド)など普通一般には食されないとされるものを、著者が実際に現地に暮らす人々と行動を共にして捕獲・採取し、調理し、食する様子を、各食材についての著者による民俗学的考察と独断的私見を交えつつ伝えたルポルタージュとして注目の一冊である。

 出てくる様々な「悪食」とされるものは採取、調理に非常に手間と時間がかかる。だが登場する「蓼食う人々」は、むしろその困難な工程を含めて、身も心も踊るような「遊び」として楽しんでいるとさえ思われる。「ここで、ちょっと遊ぶべぇ!」「鼻水が凍るクソ寒いときに、山へ入って遊ぼうっていう物好きはオレらぐれぇのもんだんべ!」といった生き生きとした会話が臨場感を伝え、まるで自分もその場に居て獲物を捕らえ、同じ食事を囲んでいるような気分になる。

 悪食とまではいかないけれど、私の故郷では、トゲと苦みを持つアザミを灰汁抜きし、油揚げと一緒に味噌汁の具にして食べる。茹でて水に晒し、何度も水を取り替えて黒い灰汁が流れていくのを待ってようやくいただく季節の恵みは格別であった。本書にも「岩茸」を水に浸すと、褐色の表面が鮮やかな緑色に変わり、これをさらによく揉むと、緑色がとれて青い色になるという描写がある。この緑色が残っているうちに食べると下痢をし、逆に揉んで青くなると重度の下痢が治るそうで、昔の人はその目安を空の青さに求め、岩茸は空を見て揉めと言い伝えたという。なんと的確かつ清々しい教えだろう。かつて人々の暮らしが常に自然と身近にあり、自然から多くのことを学んできたのだということが、改めて思い起こされる。

 蓼は古くは魚の食当たりを防ぐ植物として栽培されていた。それがいまや、なぜか悪食の代名詞とされているが、著者は蓼の汚名返上も願ってこの本を書いたという。これまで当たり前と思っていたことが当たり前でなくなった今、そして、アフターコロナを生き抜いていかなければならない未来において、我々が近年抱いてきた食の常識を今いちど考え直すためにも、是非手に取って読んでいただきたい。