遊撃とボーダー 沖縄・まつろわぬ群島の思想的地峡
著 者:仲里効
出版社:未来社
ISBN13:978-4-624-93284-8

批評の原基としての沖縄

虚ろな「日本」に鋭く審問

丸川哲史 / 明治大学教授・東アジア文化論・東アジア思想史
週刊読書人2020年9月25日号


 筆者は、沖縄本島のとある宅の沖縄式神棚のある居間で、仲里も含む沖縄群島出身の人々が集まり、ご馳走と泡盛を前にし、一人一人が朗々と格式のあるコトバ使いで挨拶(報告)を交わす――そのような「宴席」に居合わせたことがある。そこには明らかに、神的とも言える「群島」の磁場があって、標準日本語とは別のリズムと色合いを持つコトバの響きに強く印象づけられた。思い返してみると、その場の発話の「間」の沈黙には、別の誰か、別の何かが聞いているような空気の磁場が確かにあった。

 コロナ禍の下、大学のオンライン授業の虚しさにボンヤリしていた時、筆者は本書を手に取った。久しぶりの感覚だ。日本語で書かれた批評が、まさに日本語をこれほどまでに酷使し、日米安保=ポスト植民地体制の中にある虚ろな「日本」に鋭く審問し、そして自白に導いている。では、いったい何を自白させているのか、本書を紐解いていただく以外に、別に費やすべき贅言はほぼない。ただ一つだけ言えるのは、その審問の場こそ、先に記した「宴席」に繫がる磁場――別の誰か、別の何かが聞いている「沖縄」という磁場である。さて、本書のコンセプトは、沖縄にかかわる文学作品(基地反対のカヌー隊を率いる目取真俊も含め)、あるいは映像作品(沖縄の街の闇で途方にくれた大島渚も含め)を構成的にモンタージュし、もう一つの「沖縄」、批評の原基としての「沖縄」を浮かび上がらせることだ。私の読書体験から言えば、その方向性は、谷川雁、松田政男、(あるいは川満信一)などの系譜に連なる以外のものではない。

 その系譜にあっても、仲里個人が生きた二〇世紀後半のある時代、ある移動遍歴の固有性は、あられもなく本書に現前している。鉱山とプランテーションの残骸が遺る南大東島で育ち、本島を経由して東京へ…仲里の青春時代は、一九六八年という年から沖縄が「復帰」した一九七二年に至る、その四年間に味わったであろう高揚と怒りと苦渋の時に費やされている。しかしてまたその三年後、基地ゲート前での船本州治の焼身、皇太子夫妻の訪沖、そしてひめゆりのガマ(聖域)での火炎瓶事件が引き起こされる。この「ひめゆり決起」にかかわった活動家たちは、このために一週間、ガマに身を潜め「追体験」を行っていたという(知念功『ひめゆりの怨念火(いにんびひ)』インパクト出版会参照)。仲里によれば、高良勉の渾身の詩『ガマ』が戦後生まれの沖縄人はみな沖縄戦のガマ(子宮)から生まれたと記したたように、正にあの事件はガマ(子宮)に宿った「霊」が地上に向け「怨念火(いにんびひ)」を噴出したものであった。そしてそのガマの火はさらに、一九八七年の沖縄国体の際の知花昌一が「日の丸」に為した行動にまで延長される。まさに、仲里のコトバの背後で揺らめく精神の「火」――高揚と怒りと苦渋――も、そのような「追体験」される沖縄(ガマ)に原基を持つものに他ならない。

 最後に。本書には、中国の孫歌との間で交わした、豊かでスリリングな往復書簡が配され、現に動きつつあるアジアとの直の接点が示されている。またアジアで活躍するテント演劇家、桜井大造との北京での遭遇にもページが割かれ、テントを「虚空に掘る墓」と称す桜井の遍歴と仲里のそれが「アジア」で接点を持つに至る出会いが書き留められている。しかしてまた、別の驚きもあった。「あとがき」である。「天」という概念を配して語られる「沖縄」の位置、磁場にかかわるコトバの箇所にくぎ付けとなった。仲里はここまでの遍歴を経て、自身のこれまでの批評の在り様に通奏低音として響いている「天」――ボーダーとしての「沖縄」に行き当たったようである。しかして、この「天」の捉え方こそ、国家元首に「天」の字を配す大間違いを犯したクニにおいては既に忘却されているセンスである。刮目せずんばあらず。(まるかわ・てつし=明治大学教授・東アジア文化論・東アジア思想史)

★なかざと・いさお
=批評家。一九九五年、雑誌「EDGE」(APO)創刊に加わり、編集長。現在、「越境広場」編集委員。一九四七年生。