首里の馬
著 者:高山羽根子
出版社:新潮社
ISBN13:978-4-10-353381-8

首里の馬

第163回芥川賞受賞作品

書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞

渡辺小春 / 書評アイドル
読書人WEB限定


何度も読むうちに情報と孤独に飲み込まれる

 このコロナ渦の中で、入学前から楽しみにしていた沖縄修学旅行もどうなるかがいまだにわからない。行きたい気持ちは山々なのだが、もしも自分が、友達が感染してしまったらと考えると何とも言えない気持ちになる。

 また、私が今活動している、カンコー委員会の会議やその他、オーディションがオンラインとなったり、友達とビデオ通話で話すことも増えて、リモートが身近になった。

 今回は、沖縄が舞台で、ビデオ通話を使い、外国の人々に日本についてのクイズを出す仕事をしている、今の時代と偶然重なる部分のある主人公のお話。第163回芥川賞を受賞した、高山羽根子さんの「首里の馬」(初出・『新潮』2020年3月号)を選んだ。

 主人公の未名子は、結婚し、父が残した沖縄の店舗兼住宅として建てた建物を、順さんという民俗学者へ売り渡す。順さんは、人生の最後を過ごす場所として、沖縄の地を選び、沖縄の資料収集をするのだった。未名子は順さんの博物館に魅了され、中学生のころから通い、博物館の作業の手伝いもしている。また、未名子は、オンラインのビデオ通話で海外の人にクイズを一対一で出すという仕事を始め、そこで出会う海外の人達の話を聞いたりしていくうちに仕事にもやりがいを感じるようになっていく。

 そんなある日、未名子の庭に宮古馬と見られる馬が現れる――。

 未名子にとって、子供のころからの居場所だった順さんの博物館。私が思い浮かべ、景色を重ねたのは学校の図書室だった。そこでは、読書という趣味でつながった司書の先生や何人かの図書委員会の友達がいて、それこそ、未名子のように本のデータを管理したり、整理したりもする。安心して心地の良い、ここが私の居場所なのだと無意識に感じさせてくれる特別な場所。未名子にとって、資料館はそんな場所だったのではないか。

 そしてさらに、私に強くこの物語を印象付けたのは、〝孤独感〟と〝情報〟だ。

今となっては、ありそうだなあとも思えるビデオ通話を使って海外の人へクイズを出題する仕事。未名子も、その相手も、別々の遠いところで、一対一のやり取りをしているという画面上の関係性。二人をつなぐものは、情報をもとに出されるクイズ。ここに私は孤独を感じた。

 そして未名子は、最後に今まで記録してきた、資料、記憶、全てのデータに対して「保存したデータをすべて、宇宙空間と南極の深海、戦争のど真ん中にある危険地帯のシェルター」と表現している。しかし、疑問に思ったのは、「今まで自分の人生のうち結構な時間をかけて記録した情報、つまり自分の宝物が、ずっと役に立つことなく、世界の果てのいくつかの場所でじっとしたまま、古びて劣化し、穴だらけに消え去ってしまうことのほうが、きっとすばらしいことに決まっている」という最後のページにある文章だった。せっかく長い時間をかけて記録した情報なのに、役に立つことなく消え去ってしまうことが素晴らしいという。私なら、もったいない、せっかくなら役立たせたいと思ってしまう。その一方で、永遠に存在するものに恐れの感情を抱いている私には劣化しないという事は、怖くもある。現代の私たちの生活は膨大なデータと共にあるが、そのデータは永遠に残ってしまうのか、果たしてそれはいいことなのだろうか・・・。

 何度も読むごとに情報や孤独な雰囲気に飲み込まれていき、作者が伝えたかったことは何なのか、次第に私なりの解釈ではあるが、ぼんやりと浮かび上がってきた。沖縄の独自の文化や土地、景色、世界各国の人々の心境、孤独、馬と、記録と記憶・・・。様々な要素から紡がれるこの物語から、孤独感の正体や、情報の在り方、舞台である沖縄から世界各国の社会問題まで考えさせられた。この物語には著者の目から見える現代社会への思いが祈りとなった作品なのかもしれない。


<写真コメント:「先日、カンコー委員会のカメラ担当のそらさんに写真を撮っていただきました。読書の秋がやってきましたね。本って文字と紙っていうシンプルな構造なのに中身は複雑で、魅力が溢れてる。考えてみると不思議です。今年の秋はどんな物語とで会えるのだろう!わくわくです。」>

★渡辺小春(わたなべこはる)=書評アイドル
五歳より芸能活動を始める。二〇一六年アイドル活動を始め、二〇一八年地下アイドルKAJU%pe titapetitを結成。現在「読書人web」で『書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞』連載中。最近の活動として、官公学生服のカンコー委員会、放送中のNHKラジオ第2高校講座「現代文」には生徒役として出演中。二〇〇四年生。
Twitter:@koha_kohha_