工学部ヒラノ教授の徘徊老人日記
著 者:今野浩
出版社:青土社
ISBN13:978-4-7917-7260-5

備えあれば患いなしの生活追求

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

立石富男 / TRC九州支社
週刊読書人2020年10月9日号


 読み始めてすぐ「徘徊」を早合点したことに気づき、愕然とした。タイトルが「徘徊老人日記」、帯には、独居老人の日常は想像以上にスリリング、とある。だから、痴呆症の老人がふらふらと外出し、そこで起こすてんやわんやの出来事、それを介護人が日記風に綴った物語、そこにはペーソスやアフォリズムの織り成す悲喜交々の日常が描かれていると思い込んだのである。

 ところが、この独居老人は認知症どころではない。極めて頭脳明晰な元大学教授。それもそのはず、この老人は若い頃に米国へ留学し、帰国後は3つの大学で教鞭を取り、多くの論文を発表して所属する学会の要職にも就き、金融工学の第一人者という経歴の持ち主なのだ。定年後は工学部の語り部として製造業王国日本を賞揚する本の執筆に励んできた。

 しかし、どんなに凄い人も金持ちも貧乏人も等しく歳を取るし死を迎える。本書は、古稀を過ぎてから歩行困難に陥り、また持病も抱え、今はNNS(望ましい二人称の死)を目標とするヒラノ教授が腐乱死体で発見されることを極度に怖れ、それを回避するために病院や介護予防施設などを「徘徊」し、成果発表するみたいにまとめた手記である。警備会社と契約し、延命装置不要の書面を準備し、尊厳死協会にも入る。独りで生き、やすらかな死を手に入れるのはこんなにも厄介なのかと嘆息もするけれど、ヒラノ教授は研究に余念がない。そういう姿には一見溌剌さを感じるが、それなりのペーソスも行間に漂っている。ユーモアの底には妻と娘を同じ難病で喪い、息子たちに迷惑をかけない独居生活の侘しさが潜んでいる。

 本書は13章から成っていて、たぶん初めての読者を意識して半分近くをヒラノ教授の留学時代の奮戦記に当てている。世話になった教授や確執のあった教授、論文の不掲載…いろいろ出てくるが勤勉家であるし、正義感も強いことが分かる。だが、その筆致には自慢話のにおいもする。ヒラノ教授が優れた工学博士であることは間違いない。それだけに若干の違和感を覚えた。本書の魅力は独居老人ヒラノ教授の戦略的な徘徊なのである。

 ヒラノ教授はもちろん著者自身なのだが、客観性を保つために別名を付与したのではなく、「ヒラ」の教授という意味のようだ。大学で偉くならなかったことの自負、あるいはアイロニーなのかもしれない。

 とにかくこのヒラノ教授は、他人に迷惑をかけないで生きることに腐心している。この考え方にはおそらく生まれ育った時代が色濃く現れている。精神が形成された昭和の時代である。荒廃した戦後の日本を立て直した世代ではないが、そういう人たちの背中を見て育ってきた。自立心、好奇心、責任感、向上心…空白時間を持て余し、つねに頭を使っていなければ気がすまないのも時代の落し子だと言える。

 今後の高齢化社会がどうなっていくか不安を持つ人も多いだろう。備えあれば患いなし。ヒラノ教授はそれを実践している。本書を座右に置くのも一つの知恵かもしれない。