これやこの サンキュータツオ随筆集
著 者:サンキュータツオ
出版社:KADOKAWA
ISBN13:978-4-04-400550-4

行くも帰るも別れては

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

木内静子 / TRCデータ部
週刊読書人2020年10月9日号


「これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関 蝉丸」。逢坂の関所を行きかう人々の賑わいを描写しているようでいて、この世での出会いや別れ、会者定離までをも二重写しに感じさせる和歌だ。この和歌の冒頭五文字をタイトルに採っているこの本も、人との出会いと別れ(死別)にまつわる随筆集である。

 著者は学者であり、漫才コンビ「米粒写経」メンバーでもある。肩書だけみても、一体何者?と興味が湧く。大学講師をつとめながら研究論文も書けば、漫才師として寄席の舞台に立ち、初心者向け落語イベント「渋谷らくご」ではキュレーションを担当する。

表題作「これやこの」は、「渋谷らくご」にレギュラー出演しながらも闘病し、死の直前まで高座に上がり続けた落語家さんとの数年の記録と想いを綴り、客席に座っていてはけっして見ることのできない師匠方の横顔を写す。

 柳家喜多八。2016年没、享年66歳。落語家としてこれから黄金の10年を迎えるはずだった。「渋谷らくご」出演後期、すでに家ではずっと寝たきり、会場入りも人の手を借りてやっと、着替えもひとりではままならない。しかし高座ともなれば、これまで以上に熱心で貪欲な姿を見せる。そんな師匠の姿に、「急がなければならない」と著者は動き出す。師匠のやりたいように、やりやすいように、そしてお客さんにそのおもしろさが存分に伝わるように、「渋谷らくご」を次々に企画していく。やがて、別れの日が来る。

 表題作に続いて、芸人下積み時代を支えてくれたスタッフ、バイト時代のお客さんや同僚、大和郡山の祖父母、学生時代の教師、サークル仲間、近所の町医者の先生、いとこのお兄さんなど。関係性の濃淡はそれぞれ違えど、これまでの別れの記憶を綴る。著者と今は亡き人との思い出が、当時の世相、著者たちが見ていた景色、季節、匂い、味など、肌触りを感じさせる場面となって、走馬灯のように読者の脳裏に浮かんでは消えていく。死と向き合ったときにだけに見せる人の表情や声に出くわし、動揺もした。

 冒頭に挙げた和歌の寄せては返すリズムのように、遠くへ行ってしまった人たちを、思い出すことで、引き寄せる。著者だけではなく、この随筆を読み進める私たちの中にも同じことが起こる。目は文字を追いつつも、頭のどこかで、自分の亡くなった祖父母、父、友人たちが記憶の中から蘇ってきた。読後感は切なさと、不思議なすがすがしさである。