暇なんかないわ 大切なことを考えるのに忙しくて
著 者:アーシュラ・K・ル=グウィン
出版社:河出書房新社
ISBN13:978-4-309-20790-2

独自の視点で語る老い、社会

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

星雅樹 / 日光市立藤原図書館
週刊読書人2020年10月9日号


「ゲド戦記」をはじめ、多くの傑出した作品で世界の読者を魅了してきたアーシュラ・K・ル=グウィン。彼女は、二〇一八年一月、惜しくも八十八歳でこの世を去った。圧倒的な筆力で深い内容の作品を書いたという点から考えても、彼女は特に深く思考することができた稀有な作家だったと言えるかもしれない。

 本書は、彼女がストーリーテラーとしての天分を輝くばかりに発揮した物語ではなく、彼女が晩年に始めたブログの記事を集めたエッセイ集である。四十一編が収録されている。「暇なんかないわ 大切なことを考えるのに忙しくて」というタイトルが示すように、日々の生活で彼女が考えたことを時にはストレートに、時にはユーモアを交えながら書いた文章が収められている。

「読者からの質問」というエッセイの中では、作家として生きてきた自らの姿勢を端的な言葉で表現している。

「書くことは、危険な賭けだ。保証は何もない。一か八かやってみなくてはならない。私は喜んで賭ける。そうすることが好きだから。(中略)それが本物である限り、無視され、抹消され、読まれないこと以外のあらゆる試練に耐えて生き延びるだろう」。自分が書いているものが本物であるという確固たる自信。その自信を支えるもの――それが本書のタイトルにもある「大切なことを考える」ことと無関係ではないだろう。

 現代社会のさまざまな事象について、彼女がどう考えていたかを、私たちは本書の言葉の端々から知ることができる。彼女が、既成の思想を安易に借りることなく、自分の頭で考えようと努めていることは「男たちの組織で、女たちは男の模造品になることなく、女として働けるだろうか?」などという問題提起からもうかがい知ることができる。

 老いについて、彼女は米国にまん延するポジティブ・シンキングを揶揄しながら、こんなふうに書く。

「まったくの善意から人々は私に言う。『ちっとも年取ってなんかいらっしゃらないです』と。それはね、教皇はカトリックではないと言うようなものよ」。「私の老齢が存在しないと告げることは、私が存在しないと言うのと同じだ。私の老齢を消すことは、私の人生を消すこと――私を消すことだ」。

 彼女は、剛速球と心憎いばかりの変化球を自在に投げ込む。彼女の物語の読者は、心が波立ち、内面の奥深くを浸食されるが、このエッセイ集からは、どう考え、どう生きるべきかという現実的な意識の領域で彼女の影響を受けることになるだろう。

 大切なことをどう考えるか。ル=グウィンがもし生きていてコロナで混乱する社会を目の当たりにしたら、私たちにどんな警鐘を鳴らしてくれただろうか。彼女なき今、本書は私たち一人ひとりが大切なことを考えるための手本となり、力となってくれるに違いない。