去られるためにそこにいる 子育てに悩む親との心理臨床
著 者:田中茂樹
出版社:日本評論社
ISBN13:978-4-535-56391-9

親と子のこころに寄り添うやさしい薬

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

山老真美 / TRCデータ部
週刊読書人2020年10月9日号


「理想の母親像」は頭の片隅に追いやられたまま、その日その日を忙しくこなしてきた十数年。気付けば子どもは私をほとんど必要としなくなっていた。子どもの自然でしなやかな成長に親の対応は追い付かず、もはや必要でない世話を焼いているのかもしれないと思うこの頃。この先の道を明るく照らしてくれるかもしれないと思い、手に取った本である。  

 医師・臨床心理士として子育ての問題で悩む親へのカウンセリングを行う著者は、共働きの妻と4人の子どもを育てる父親である。考察は平易な文章で書かれており、エッセイのように読みやすい。タイトルは心理学者エルナ・ファーマンの論文“Mothers have to be there to be left”(母親は子どもに去られるためにそこにいなければならない)からとられており、ここに著者の伝えたいことが集約されている。

「子どもが言うことを聞かない」という不満を訴える親は、自分の正しさに迷いがない。そんな親には子どもの選択の意味を考えさせる。親の指示に従って行動しないということは、子どもが自ら決定し、主張できているという価値ある行為。反発をぶつけてきたとしても、それは安心できる家庭内においての自己主張の練習であるため、親はどっしりと受け止める。その試行錯誤によって、子どもはタフになっていく。  

 不登校の悩みに対しても、一人で苦しんでいた子どもが勇気ある決断を実行に移したことは良いことの始まり。むしろ「行けなくなった」という親の否定的な捉え方の方にこだわり、子どもを弁護する。

 各症例について、始めは子ども自身の問題と捉えているのだが、読み進むうちに、むしろ親のあり方・接し方に大きく由来していると見方が変わる。子どもの幸せを願うばかりに「親の」考える良い方向に導いたり、「親が」問題視することを改善しようと口を出したりしてはならないのだ。また、子どもが生来持っている「自分を幸せにする力」を信じて見守ることが出来ると、親も自分自身を認めて愛することが出来るようになると言う。

 子どもが親から離れようとする時に親は子どもにしがみついたりしない。戻りたくなったらいつでも受け入れてくれると子どもが感じられる、そういう姿勢で向き合う。頭で理解して心の準備をしていても、親にとってそれは非常に困難なミッションである。自らの経験を振り返って失敗や後悔を語ることで、クライエントや読者の気持ちにも寄り添ってくれる。

 最後にこの文章を紹介したい。「こうしなければいけないのに自分は全然できていない、と悩む方が多い。面接でもそういう嘆きを毎日のように聞く。でも、大丈夫。気がついたところで立て直せばいい。何回しくじっても、親子なんだから大丈夫。自分のこころの根っこにある愛を信じて、何度でも立て直せばいい。そこにこそ、人生の醍醐味もあるはずだ」。 

 親の立場で読んでも、子どもの立場で読んでも、心に響く言葉がいくつもある。変わるべきは自分の方であるのかもしれないと、親に考えるきっかけを与えてくれる。親の気持ちに寄り添い認める優しい眼差しを感じ、何か許されたような気持ちになれる。また自分も誰かを何かを許そうという気持ちになれるのだ。