万博学 万国博覧会という、世界を把握する方法
著 者:佐野真由子
出版社:思文閣
ISBN13:978-4-7842-1992-6

日本の万博研究における到達点

一七〇年の軌跡が示す「把握」への希求

暮沢剛巳 / 東京工科大学デザイン学部教授・美術・デザイン評論
週刊読書人2020年10月9日号


 七〇年の大阪万博からちょうど五十年。節目の年にもかかわらず、一連のコロナ禍の影響もあってか、回顧の機運はやや低調な印象を免れなかったが、この夏その不足を補って余りある浩瀚な書物が刊行された。

 日本の万博研究史を遡れば、『図説万国博覧会史』(一九八五年)と『万国博覧会の研究』(一九八六年)という吉田光邦編の二冊の名著へとたどり着く。その正嫡たらんとして、十年ほど前から京都を拠点に開催されていた学際的な万博研究会の成果をまとめた論集『万国博覧会と人間の歴史』が同じ書肆から出版されたのが二〇一五年秋のこと。本書はその続編にあたり、圧倒的な情報量や議論の密度という点において、現在の日本の万博研究における一つの到達点を示すと言っていい。

 本書は二十七編の論考と数編のコラム、図版、生前に収録された堺屋太一のオーラルヒストリーなどによって構成されている。その内容は多岐に渡るが、学際的な研究成果を緩やかに束ねているのが「万博学」というタイトルである。この耳慣れない言葉の意味を知るには、まず研究会の代表でもある編者佐野真由子の巻頭論文を通読する必要があるだろう。

 佐野の巻頭論文「序説・万国博覧会という、世界を把握する方法」は、万博が生まれてから現在に至るまでの約一七〇年を〈「国際的」博覧会の嚆矢」〉〈万博の「国際化」〉〈国際制度としての万国博覧会〉〈「初期万博的世界」の残光〉〈植民地なき世界を映す〉〈文化的多様性時代の万博〉の六つの時期に大別して考察する試みである。通史の体裁を取ってはいるが、一八六二年に開催された二度目のロンドン万博を史上初の一八五一年の万博と同等に重視していること、フランスの主導によって進められた国際博覧会条約やBIE(国際博覧会事務局)などの態勢整備の経緯に、同時期に発足した国際連盟の安全保障体制との類似が見られること、第二次世界大戦後に多くのアジア・アフリカ諸国が独立したことによって、万博創世記以来の植民地展示が姿を消したことなど、斬新な知見によって従来の万博史を更新しようとする意欲が垣間見える。なかでも七〇年の大阪万博を前述の歴史的展開の中に位置づけようとする姿勢には、戦後復興の象徴というドメスティックな文脈での理解に慣れすぎていることもあってか、大いに刺激を受けた。

 佐野の問題提起を受けて、各々の論者はそれをどのように咀嚼し、展開したのだろうか。続編ということもあり、多くの著者は『〇〇人間の歴史』からの継続参加だが、各々の問題意識は深められている。いくつか見てみよう。
 岩田泰は一九二八年以降の国際博覧会条約の歴代条文を引用し、それぞれの条文がいかなる背景のもとにいかにして更新されてきたのかを入念に検討している。増山一成は幻に終わった紀元二六〇〇年万博の開催計画を検討しつつ、それが同時期の国際博覧会における日本展示とも連続した性格を持っていることを明らかにする。江原規由は万博においても伸張著しい中国要素を子細に検討し(著者は本書の刊行直前に他界したとのことで、この場にて冥福を祈りたい)、また市川文彦は一九世紀半ばから現在に至るまでの万博の運営システムの変遷を「近代博」から「現代博」への転換と位置づけて論じている。

 大阪万博についてはセンターで特集が組まれているが、昭和天皇の関与について論じた牧原出、日本館の科学展示について論じた有賀暢迪、企業パビリオンの展示について論じた飯田豊など、多くの論者が従来とは異なる着眼点からこの万博に切り込もうとしていたのが印象的だった。他方、一般には大阪万博の仕掛人として知られる堺屋が、ここでは沖縄海洋博を中心に語っている意外性も興味深かった。

 現場の実務を担ってきた「ランカイ屋」が執筆参加しているのも本書の特徴だ。なかでも、現役の展示プランナー三者が執筆・構成を担当した「万博日本館に見る「展示デザイン」の変遷」は、豊富な図版を交えた平易な解説によって万博日本館の展示の系譜をたどれるのがありがたかった。

 佐野によると、「把握する」という言葉には、「情報を集め、実情を知ること」と「それを前提に、対象を掌握し、支配すること」という二層の意味があり、世界に対するこれら二層の「把握」への希求こそ、創設以来の万博の変らぬ本質であったという。確かに、本書で様々なテーマや視点から論じられている万博一七〇年の軌跡はその本質を跡付けるものであるだろうし、「万博の時代は終わった」と言われて久しく、BIEが新機軸を打ち出した結果、特定のテーマを前面に掲げた課題解決型のイベントに変貌した二一世紀以降の万博も、おそらくその本質は変わっていないのだろう。

 大阪・関西万博まで残すところ約五年弱。公式ロゴマークが決定するなど、コロナ禍に祟られながらも少しずつ開催準備が進んでいる。「いのち輝く未来社会のデザイン」は果たして我々の前にどのような姿を現すのだろうか。近く再来する万博のためにも、本書を通じて「世界を把握する方法」への理解を深めておきたい。(くれさわ・たけみ=東京工科大学デザイン学部教授・美術・デザイン評論)

★さの・まゆこ
=京都大学大学院教育学研究科教授・外交史・文化交流史・文化政策。著書に『オールコックの江戸』『幕末外交儀礼の研究』など。