朱色の研究
著 者:有栖川有栖
出版社:KADOKAWA
ISBN13:978-4-04-191304-8

朱色の研究

書評キャンパス―大学生がススメる本―

宮下夏美 / 二松學舍大学文学部国文科3年
週刊読書人2020年10月16日号


 題名から察することができるように、本作はシャーロック・ホームズシリーズの第一弾『緋色の研究』(A・コナン・ドイル、1887)をインスパイアした作品だ。どちらも同じ赤系統だが、緋色は『赤い血』を、朱色は『夕陽』を表している。

 目の覚めるような夕焼け――燃えるようなオレンジを見たとき、あなたは何を思うだろうか。本作のヒロインである大学3年生・貴島朱美が思い出すのは、一度に両親を失った交通事故と、15歳の時に目の当たりにした光景――放火によって焼け死んでいく伯父の姿である。朱美は過去のトラウマから「オレンジ色恐怖症」に陥り、火事の悪夢に魘されている。

「二年前の夏のことです。……私の知っている人が殺されたんです。犯人は、まだ捕まっていません」。燃えるような夕焼けの日、「臨床犯罪学者」火村英生は教え子の貴島朱美から、二年前の未解決殺人事件について捜査依頼を受けた。6月末。被害者である大野夕雨子は周参見の別荘近くの浜辺で、後頭部を鈍器で殴殺された状態で発見された。被害者と恋人関係にあった山内陽平が疑われたが、物的証拠がない上に、アリバイが成立したことで迷宮入り。遺体の背後にある高さ5mの崖から、大きな石が落とされていた点も捜査を難航させたという。

 依頼を受けた火村は、当時の事件関係者に事情を聴取しに向かった。その足で友人である推理作家・有栖川有栖を訪ねた火村。翌朝、アリスの元へ不審な電話が入る。「今すぐにオランジェ夕陽丘の806号室に行け、と火村先生に伝えてくれればいい。そうだ、あなたも一緒に行ってもらおう」。そのマンションは前日、火村が事情聴取のために訪れた建物である。訝しがりながらも指定された806号室へ向かった二人は、浴室で絞殺された男性の遺体を発見する。被害者は二年前の大野夕雨子殺しの関係者・山内陽平だった。六年前の深夜の放火、二年前の大野夕雨子殺し、そして今回の山内陽平殺し。三件の事件の真相を、火村とアリスは紐解いていく。

 本書には二人の人物の「孤独」が描かれている。貴島朱美にとって伯父夫婦である宗像家は、何不自由ない暮らしをさせてはくれても、危機に瀕した自分になりふり構わず手を伸ばしてくれるような存在ではない。手を差し伸べてくれる人、何があっても側にいてくれると確証が持てる人がいない彼女は、両親を失った日から拠り所がない孤独感に苛まれていた。

 一方で火村が犯罪学者になった理由は「人を殺したいと思ったことがあるから」というショッキングなもので、朱美と同じように、悪夢に魘されるほどの深いトラウマを抱えている。朱美と異なるのは、アリスという理解者がいる点である。犯罪に関わる上で、火村が引きずり出したがっているのは真相ではない。彼自身の心の奥にある得体の知れないものだ――というのがアリスの見立てだ。「彼が淵で足を滑らせて向こう側に転落しそうになった時、私はその腕をつかんで引き戻してやりたい」と願い、アリスは手を差し伸べられる範囲にいることを選んだ。

 孤独にどのように寄り添うのか。方法を間違えたときに待ち受けている悲劇が、この事件の真相を貫いている。最後まで読み、トリックが明らかになった時、主題が『夕陽』でなければならない理由がわかるだろう。

★みやした・なつみ=二松學舍大学文学部国文科3年。趣味はクトゥルフ神話TRPGのシナリオや、小説を執筆すること。好きな作家は有栖川有栖、京極夏彦、夢枕獏。