見えない性的指向アセクシュアルのすべて
著 者:ジェリー・ソンドラ・デッカー
出版社:明石書店
ISBN13:978-4-7503-4814-8

見えないことは存在しないことではない

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

落合智美 / TRC仕入部
週刊読書人2020年10月23日号


 ここ数年でLGBTQの認知と理解は進んできているが、「アセクシュアル」という性的マイノリティについて知っているという人はどれくらいいるだろうか。本書は「誰にも性的魅力を感じない」人々、「アセクシュアル」について書かれた数少ない入門書である。アセクシュアルとは「他人に性的に惹かれない」「性的な行為に興味がない」性的指向のことを指す(「性的指向」とは、異性愛・同性愛のように、人の恋愛・性愛がどういった対象に向くかという概念のこと)。

 本書では「アセクシュアル」というくくりの中でも様々なタイプの人たちがいることが説明される。性的魅力は感じないが、恋愛感情を持つ人/持たない人、セックスをする人/しない人、また、パートナーを必要とする人/しない人…など、非常に多種多様だ。そもそも性のあり方は人によって異なるグラデーションで、0か100で決められるものではないのである。

 また、アセクシュアルの人がさらされる誤解や偏見についても丁寧に解説されている。アセクシュアルはその存在が広く認知されておらず、「過去の恋愛にトラウマがある」「一時的なもの」「精神・肉体的に未熟なのでは?」などといった誤解を持たれることが多い。アセクシュアルは性的マイノリティの中でもさらに少数とされ、LGBTQのコミュニティの中でさえ誤解を受けることも多いという。彼らが受ける差別は比較的見えにくいため、まさに本書のタイトルの通り「目に見えない性的指向」なのである。

 そして後半部分はアセクシュアルを自認している人、または自分もそうなのではないか?と思っている人、そしてその周囲の人に向けたQ&Aという形で、当事者と周囲の人々がアセクシュアルを正しく理解し、受け止め、尊重するための大きな助けとなる情報を得ることができる。

「誰にも性的に惹かれない人たち」の存在を知った時、戸惑いを感じる人が多いことは否めない。多様な性があり、どのジェンダーの生き方も尊重されるべきであるという認識が広がる一方、特に今の日本社会では「恋愛・結婚は素晴らしいものであり、それを必要としないのは本人に問題があるからだ」という考えがいまだに根強い。しかし、その考えを押し付けること自体が、アセクシュアルの人にとっては耐え難い苦痛になりうるのだ。
 意識していても、ついしてしまうのが差別や偏見である。「普通とはちがう」「考えすぎ」と切り捨て、知らないもの・理解できないものとして遠ざける。少数派に属する人たちについて知らない、知ろうとしないことは、無意識に他人の尊厳を踏みにじることにつながる。

 著者は全てを理解できなくてもいい、ただアセクシュアルというものを性的指向の一つとして尊重してほしい、一つの生き方として受け入れてほしいと述べている。個人のあり方、生き方、考え方、様々な可能性を否定しないことが、多くの人が生きやすい社会を作る。本書はアセクシュアルという「見えない」マイノリティを可視化する第一歩となる貴重な1冊である。