チャイナドレス大全 文化・歴史・思想
著 者:謝黎
出版社:青弓社
ISBN13:978-4-7872-3470-4

「チャイナドレス」と「伝統」

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

越智雅子 / 図書館総合研究所
週刊読書人2020年10月23日号


 日本の「伝統服」と聞いて、あなたは何を思い浮かべるだろうか。年末年始のテレビに映る着物だろうか、あるいは縁日のために着付けた浴衣だろうか。昨年の即位の礼でも注目の的となった、いわゆる十二単や束帯を思い出す人もいるかもしれない。もちろん、琉球王国やアイヌ民族の衣装なども、それぞれの地域・民族に受け継がれてきた「伝統服」だ。いずれにせよ、日本に暮らし、自国の「伝統服」は何かと聞かれて、何も思い浮かばないという人は少ないだろう。

 ところが、お隣の中国にとって、この問いへの回答はそう簡単ではないようだ。日本人の多くが思い浮かべる「チャイナドレス」は中国語で「旗袍(チーパオ)」といい、実は清朝の支配者層であった満州族(=旗人)の衣服に由来している。では中国人口の大多数を占める漢族の「伝統服」はというと、意外にも、これといった共通認識がないらしい。それでは、中国を象徴する「伝統服」とは何だろうか、そして、旗袍とは中国にとってどのような衣服であるのか。

 多くの国において中国の「伝統服」と理解されることが多いにも関わらず、当の現代の中国女性にとってはなじみの薄い旗袍。本書はその旗袍について、文化人類学的・民俗学的観点から研究を続けてきた著者の3冊目の著書である。

 時代に応じて大胆な変化を遂げた旗袍の定義から始まり、中華民国期から現代に至るまでの旗袍の受容と否定の変遷を各時代における女性の身体性やセクシュアリティーなどの観点から紐解いていく。さらに、海を越えた台湾やマレーシアの華人社会における旗袍の受容のあり方を分析した上で、2001年のAPEC首脳会議で中国の「伝統服」として採用された「唐装」や、漢王朝や漢族由来の衣服を日常生活に取り入れる2000年代以降の「漢服運動」と併せ、旗袍が「中国人」にとって「伝統服」たりうるかを考察している。

 旗袍の面白さは、時代や地域、価値観によって託される役割やイメージが多岐に亘る点にある。現代の旗袍は中国女性を表す記号として理解されることも多い一方で、純粋に女性の魅力を引き出す衣服として利用されることも少なくない。地域ごとに個性豊かな民族衣装を持つ苗族が、近年は「美しいから」という理由で祭りに旗袍を着用することが多いという事実は、旗袍の、ひいては衣服の多面性を表す格好の例といえる。

 著者は多民族国家には多様な民族服があってしかるべきだとした上で、漢族に民族服が「ない」ことについて考え続けることで、中国の「伝統服」や「民族服」の意味が鮮明になると結論付けている。自国の伝統や民族をめぐる議論は、56もの民族が共存してきた中国ならではの問題といえるが、果たして本当に私たちには無関係だろうか。あなたは今までに何回着物を着たことがあるだろうか。自分で着付けられるだろうか。洋装が浸透している現代において、衣服の伝統性や民族性とどのように向き合っていくか、「身近な」伝統服から考えてみてはいかがだろう。