イスラーム/ムスリムをどう教えるか
著 者:荒井正剛/小林春夫(編著)
出版社:明石書店
ISBN13:978-4-7503-5045-5

「コーラン、断食、巡礼」だけではないイスラムの教え方

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

室塚真理 / TRCデータ部
週刊読書人2020年10月23日号


「イスラムって何?」子どもにそう問われたら、どう答えるのが正解なのだろう。その答えが知りたくて本書を手に取った。三大宗教のうち、仏教・キリスト教は幼いころから身近にあった。お寺の住職を父に持つ同級生もいたし、日曜学校に通っている友人もいた。しかしイスラム教は遠い存在だ。スカーフをまとった女性を見かけることはあるが、知り合いにはいない。試しに中学生の娘に「イスラムって何?」と聞いてみた。返ってきた答えは「コーラン、断食、メッカへの巡礼」。定期テスト対策で暗記した単語の羅列である。正直なところ、私の中のイスラム教の知識も同程度だ。

 本書は中学校・高等学校の社会科教師向けの一冊だ。タイトル中の「イスラーム」とはイスラム教、「ムスリム」とはイスラム教徒のこと。学校でイスラーム/ムスリムがどのように教えられているか、社会科(地理・世界史・公民)での授業実践がまとめられている。そのため、単元目標だとか学習指導要領だとか一般にはなじみのない単語も出てくるが、授業で使用される資料類や生徒の意見・感想などは、公開授業を見ているようで興味深い。

 今の中高生は9・11テロ発生直後に生まれ、その後の過激派による自爆テロや誘拐事件などの報道を目にして育ってきた世代だ。彼らの中のステレオタイプ化されたイメージをどう払拭するか。教師たちはムスリム学生へのアンケート結果を示したり、留学生との対話の機会を設けたりして、自分たちとの相違と共通点を発見させ、共生の道を考えさせようと試みる。

 例えば断食。イスラム教には断食する月があるという知識は多くの中高生が持っていると思う。しかし、断食=苦行のイメージではないだろうか。断食は苦しくないのかというアンケートに対するムスリム学生の答えを読むと、そのイメージは覆る。苦しくないわけではないが、飲食を断つことで貧しい人々の気持ちに寄り添い、忍耐力を養い神に近づくことができるという精神的な充足感を得られるのだという。

 また、ある授業ではムスリムの留学生を招き、生徒たちと対話させる。豚骨ラーメンは食べられないのか(答:食べない)、豚のかたちをしたパンならどうか(答:問題ない)、無宗教の人をどう思うか(答:普通の人だと思う)、ISはイスラム教徒だと思うか(答:思わないし、人をたくさん殺していて怖い)。自分たちが対話をしているその人は、教科書の記述からイメージする厳しい戒律に縛られた異質な人ではないし、報道で見た過激派とも全く違う、と生徒たちは気づく。

 本書からは「イスラムって何?」という問いに対する一問一答的な解答は得られない。しかし、様々な授業実践を通して自分自身の中にあった偏見に気付くことができた。もし、わが子に「イスラムって何?」と問われる機会があったなら、この本の教師たちほどの指導はできないが、せめて自分が持っていたのと同じ偏見は持たせないよう教えていきたいと思う。