イギリス海上覇権の盛衰 上 シーパワーの形成と発展
著 者:ポール・ケネディ
出版社:中央公論新社
ISBN13:978-4-12-005323-8

海と国力

イギリス海上覇権の盛衰 上・下

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

辻和人 / TRC仕入部
週刊読書人2020年11月6日号


 本書は『大国の興亡』で知られるポール・ケネディの待望の最新作、ではなく、彼の出世作となった1976年刊行の本の新版の邦訳である。イギリスと言えば、世界に先駆けて産業革命を成し遂げ、「大英帝国」として世界のトップに君臨した国である。だが20世紀に入るとアメリカにその地位を奪われ、現在ではEUと袂を分かってブレグジットと呼ばれる状態に入っている。本書は、このイギリスの盛衰をシーパワー(海上権力)を軸に描いた本だ。著者によると海上覇権とは「全般的な海上での権力を持っている」ことであり、「その国の影響力が、純粋に地域的なものにとどまることなく、グローバルに広がる」事態を指しているという。イギリスはそうした海上覇権を握った、稀有な国の一つだった。

 エリザベス一世の時代まで(1603年以前)は、イギリスはまだ強国とは言えず、スペインがヨーロッパの覇権を握っていた。しかし、海に隔てられていること、良港に恵まれていることなどの地理的利点を早い段階から意識し、海上進出の意志を抱いていたようだ。戦闘に適した船舶を建造したり自国の船運を支援するために海賊に保護を与えたりと、徐々に力をつけていく。海軍は国王の私兵的な位置づけから国軍としてのしっかりした位置づけに変わり、1651年の航海法によって海外入植地が議会に従属されることになる。国家がシーパワーを戦略的に管理していくようになっていくのだ。

 名誉革命を経て立憲君主制を確立し近代国家としての骨組みを整えると、イギリスは貿易国家として成長し、1761年までにヨーロッパの海運量の3分の1を占めるまでになったという。産業革命を成し遂げたイギリスは、豊かな経済力・工業力を背景に海軍力を充実させてフランスやオランダなどのライバル国との戦いに勝ち抜き、19世紀には「パクス・ブリタニカ」を謳歌するのである。

 世界の頂点を極めたイギリスだが、19世紀後半以降は、伸びすぎた戦線、アメリカやドイツなどの新興国の台頭、経済の停滞により徐々に力を失っていき、二度の世界大戦を経て覇権をアメリカに譲り渡すことになる。日英同盟についての記述も興味深い。当時イギリスの海軍力は極東地域の海上覇権を日本に任せざるを得ないところまで落ちていたのだという。潜水艦や戦闘機といった新兵器の誕生も衰退を早めた。

 本書の面白いところは、シーパワーを決して軍事の枠に留めず、政治や経済との関連に於いて論じる点だろう。イギリスは戦争に長けていたから海上覇権を握ったわけではない。欧州の中でいち早く政治的に成熟し、経済力を養ったからこそ、海上覇権を確立できたのだ。貿易を制する海の重要性をきちんと認識し、国として統一的な動きを取ることができたということ。私は日本が軍事大国になるべきとは思わないが、主要国の一員であり続けたいなら、合理的な政治システムや先進的な教育制度を整えるべきだと思う。強い国を実現するのは強い社会だからである。