歩行する哲学
著 者:ロジェ=ポル・ドロワ
出版社:ポプラ社
ISBN13:978-4-591-16051-0

より遠くへ行くための「不均衡」

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

久保真弓 / 高山市図書館「煥章館」(指定管理者)
週刊読書人2020年11月20日号


「散策の人」と呼ばれたアリストテレス、中道を歩いたブッダ、毎日決まった時間に散歩したカント……哲学と歩くことの親和性を示した例は多い。ルソーもニーチェも、哲学の新しい地平を開いたのは「歩きながら」だった。

 哲学者たちは、なぜ歩くのか?

「歩く」という行為を分解してみる。片方の足をあげて、身体のバランスを崩し、倒れそうになったところで前方に着地、安定を取り戻す。と思った矢先にもう片方の足が地面から離れている。前に進むために、あえて不安定な状態を作り出す。崩壊と構築を際限なく繰り返す。

 考えるとき、そして話すときも、私たちは歩くのと同じことをしているのではないか? 著者ロジェ=ポル・ドロワはこの仮説をもとに、歩くという行為を掘り下げ、拡張し、古今東西の哲学者を見ながら「歩行」「思考」「言葉」のつながりを解明していく。

 インターネット環境の発達により、家から出なくても生きられる時代になった。パソコンひとつで生計を立てている人がたくさんいて、SNSでの交流は今やリアルを圧倒し、日々の買い物さえネット注文すれば自宅まで届けてもらえる。巷には歩かなくてもよい方法があふれている。そして、考えずに済む方法、自分の言葉で話さずに済む方法も。

「人間は創造的な仕事を~」といった意見をよく聞くが、創造的ってつまり一体なんなのか? 考えるとはどういうことなのか? 私たち人間が人間であるために、どこを目指して「一歩」を踏み出せば良いのか?

 この本に答えはない。書かれているのは方法論、先人たちの「歩き方」である。

 歩くってものすごく地味だ。時間がかかる。しんどい。そこをあえて、自分の足で歩く。歩く時の感覚だけは、他の誰かに代わってもらうことはできない。

 保っていた安定を自ら手放す。転びそうで、転ばない、を何度も何度も繰り返す。歩くのをさぼり続けると、気付いたときには自分で歩けなくなっている。かといって距離を稼ごうと欲張れば転んで怪我をする。あくまでも一歩ずつ、というところに「ミソ」があるらしい。