憂き夜に花を
著 者:吉川永青
出版社:中央公論新社
ISBN13:978-4-12-005311-5

夜の闇のみならず、人々の心まで照らす花火を

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

本山晶子 / 青梅市中央図書館(指定管理者)
週刊読書人2020年11月20日号


 人は皆、それぞれ与えられた運命を懸命に生きている。敢然と立ち向かって行く者もあれば、殆ど諦めに似た境地でただ日々を生きながらえているだけの者もあるだろう。この物語の舞台もまた、生きるには余りに辛い時代であった。

 時は享保十七年、江戸三大飢饉の一つと言われた享保の大飢饉の年。江戸では仕事を失い、餓死する者も多数出た。あまりに高額となった米を求めた人々が、大挙して米屋を襲う打ち壊しまで起きる。悲しみと無力感にとらわれて真っ暗闇の真夜中にいる世の中、浮き世ならぬ憂き世と言われたその時に、打ちひしがれた人々の心を自らの花火でもう一度照らしてやろうと立ち上がったのが、六代目鍵屋弥兵衛その人である。御公儀御用達の花火司鍵屋、だからと言って他の町人より格段裕福でもなかった彼が、身を守るのに汲々とするばかりの喜びのない世を憂い、人々の心から見えない枷を外して活き活きとした力を取り戻し、前を向く為の手助けをしたいと願って動き出す。飢饉で最愛の妹を亡くし、その怒りから打ち壊しに参加してしまう弟子の元太、鉄屑を押し売りに来てそのまま鍵屋に加わった京次、鍵屋の前で行き倒れかけていた大工の新蔵、食い詰めて弥兵衛の財布を掏ろうとした木彫り職人の銀六、それを捕まえたやはり仕事をなくした軽業師の仙吉。いずれも生きる望みを失い、図らずも鍵屋に集まってきた仲間達の力を借りつつ、弥兵衛は何度も壁にぶつかりながらも、己の身代を賭けて奔走する。その情熱はやがて尻込みしていた商人達や幕府をも動かしていき、そしてとうとう五月二十八日の水神祭の夜、四千人もの人々の前で、今まで見たことのないほど明るく、そして一晩中消えることのない大輪の朝顔の仕掛け花火を七輪咲かせるのである。これが有名な両国の川開きの始まりであった。

死んでいった人々の魂を慰霊し、水神様の怒りを鎮めて災を絶とうとする水神祭。そこで打ち上げられた花火は、東日本大震災を経験している私にとっても特別な意味を持つ。あの夏、遺族だけが招かれていた花火大会の様子をテレビで見ていた。無音の夜空に次々と打ち上げられる花火と、静かに涙を流しながら見上げている遺族の姿に、私も自然と涙が溢れて止まらなかった。そして今また、新型コロナの影響でままならない暮らしを余儀なくされている人々が大勢いる。不要不急を避けろというが、花火などはその最たる物になってしまうのかもしれない。だが、その不要不急な物の中にこそ、実は人が人らしく笑顔で暮らして行くために最も必要なものが含まれているのではないかと思うのだ。ただ時間を過ごしているだけなら、それは人とは言えないのではないか。全ての生物の中で、未来を思い夢を紡ぎ、希望を糧に生きる事が出来るのは人間だけなのだから。