ルソーの戦争/平和論 『戦争法の諸原理』と『永久平和論抜粋・批判』
著 者:ジャン=ジャック・ルソー
出版社:勁草書房
ISBN13:978-4-326-10281-5

テキストの生成過程を綿密に分析

その思想体系の再構成を試み、、近年のルソー研究に革新をもたらしてきた成果

佐藤正志 / 早稲田大学名誉教授・政治理論史
週刊読書人2020年11月20日号


「眼にするのは、鉄のくびきの元にうめき声を上げる不幸な諸国民と、一握りの圧制者に押しつぶされた人類と、辛苦に打ちひしがれパンに飢えた大衆だ。」不正と暴力を法と公正さのことばでだます権力への憤激を隠さないルソーの、これまで取り上げられることの少なかったテキストが、今改めて注目されている。

『社会契約論』によって知りうるのは、ルソーの政治思想の一部でしかない。というのも、かれはそれを、もっと大きな『政治学提要』の抜粋であるとし、残された課題は国家をその対外関係によって補強することであると述べているからである。この部分についての手掛かりとしては、従来、サンピエール師の『永久平和論』に関わるルソーの草稿断片として、プレイアッド版全集第三巻(一九六四年)に収められた「戦争状態は社会状態から生まれるということ」および「戦争についての断片」が知られていた。

 ベルナルディらはこれらの断片を校訂しひとつの未完草稿に再構成し、『戦争法の諸原理』(『原理』)として発表、二〇〇八年にはこれを収録した本書の仏語原本が公刊された。それによって改めて、たんに下書きや断片としてではなく、国家間関係と戦争についてのルソーの一貫した考察が記されたテキストとして注目されることになった。しかもその執筆は、『サンピエール師の永久平和論抜粋』と『永久平和論批判』(『批判』)に先立ち、むしろそれらはこの考察の成果を展開する機会となったとされた。本書にはそのように逆転された順序関係で、三つのテキストが収められている。

 ベルナルディとそのグループは、ルソーの様々なテキストの生成過程の綿密な分析を通して、かれの思想体系の再構成を試みてきた。そうした成果として新たに校訂されて次々と公刊されたルソーの主要著作は、それらに付されたかれらの研究とともに、近年のルソー研究に革新をもたらしてきたが、本書もその一冊である。『原理』自体は、すでに『人間不平等起源論』(「第二論文)に付されるかたちで坂倉祐治氏によって翻訳されている。本書には、ルソーの三つのテキストの他、ベルナルディらグループのメンバーによる四本の論文、それに下書き草稿版を原文のままで収録しており、学術的貢献の高い翻訳出版であると同時に、グループの共同研究の実際と研究手法を直接に伝えるものとなっている。

 ベルナルディらの研究成果のひとつに、「第二論文」と『社会契約論』の間の時期に、「一般意志」の概念が確立され、政治社会の根拠とその権威の源泉が明らかにされたことの発見がある。『原理』もまさしくその同じ時期の著作としての重要性を共有している。

 ルソーは「第二論文」において、人類が、自然状態から離脱して、政治社会を形成し、専制国家に行き着くまでの歴史を描いた。『原理』では、その歴史の生み出した現実の矛盾を、人間対人間の関係においては、我々は社会状態に生きており、法律に服しているが、国民対国民の関係においては、各国民は自然的自由を享受していることに見出している。前者では君主の絶対的な力が市民を法律の名のもとに抑圧し、後者では国家理性の名のもとに国家によって戦争の災禍がもたらされており、このような社会状態と自然状態の両者の不都合が、人びとの状況を二重に悪化させ、人びとの安全を奪っている、と。

 戦争は国家間関係の自然状態からこそ生じる。そこでルソーは二つのことを明らかしようとする。良き統治の国家は小さくとも他国に制圧されることはないこと、そして健全な「国家連合」の可能性を示すこと(『社会契約論』参照)。まず前者の課題を解決する概念として、「一般意志」が『原理』に現れる。

 ルソーによれば、国家は正確には社会契約を通じて政治体が一体性と共通の自我を受け取るときに成立する。この社会的存在のもつ意志が、法律として表現される一般意志であり、国家の自由な行動と責任ある行動を命じる。そのように国家を社会契約が成立させたとするならば、戦争において国家を解体するには社会契約を傷つければよい。しかし「社会契約は、一般意志の中に書かれているので、無効にするのは容易ではない」。逆に、社会契約と法律を遵守しようとする共通の意志が存在する限り、領土や規模に関係なく国家は存在する。

 このように戦争が国家の間にしか起こらないのであれば、誰からも生命を奪うことなく戦争をなしうる。もしも社会契約が一撃のもとに破壊されうるとしたら、たちまちにして戦争はなくなり、この一撃によって、国家はただのひとりの人間も死ぬことなく死滅するのであるから。

 これはどこまでも理性的で規範的な概念構想である。しかし、二つ目の課題である「国家連合」の可能性をサンピエール師に触発されて考察するとき、「第二論文」の描き出した歴史的段階の現実に引き戻されることになる。

 サンピエール師が「ヨーロッパ共和国」と呼ぶ「国家連合」の計画もまた理性的推論によって確立された強固な理想である。しかしそれは「採用されるにはあまりに良すぎた」とルソーは批判する。ヨーロッパの君主たちは、国内において専制的な支配を追求し、その支配を国外に対しても拡大して、みずからの個別利益を拡大することだけを考えている。そのような君主=主権者たちは、永久平和のなかに見出される本当の利益と、絶対的独立という見かけ上の利益を区別することができず、師の計画に共通善を見出して合意することはないであろう。

 計画が実現するためには、「個々の利益が共通の利益を超えないことと、全員の幸福のなかに自分自身の幸福があること」を理解し合うような「思慮分別の合致と多くの利害関係の合致」が必要であり、それに代わりうるのは武力しかないとルソーはいう。暴力的で恐ろしい革命による以外国家連合が設立されることがないとすれば、それは果たして願わしいものなのか。これがルソーの『批判』における最後の否定的な問いかけである。

 問題が絶対的に独立した専制的主権者にあるとするなら、主権者を国家の一般意志に結合することが課題となる。それが、歴史的に形成されてきた社会状態の不都合を解決しようとする『社会契約論』の主題である。しかし我々はそこにおいても、同じ困難を見ることになる。主権者としての人民は一般意志に従って共通善を望むが、しかし人民は、みずからそれを知るまでは群衆であり、何が自分たちにとって善であるかをめったに知らない。一般意志と見えるもののなかには常に個別利益が紛れ込んでいる。

 ルソーは合理性の仮説を能うかぎり遠くまで追求したが、同時に、現実からの抗いがたい抵抗という問題に敏感な現実主義者であったと、監修者たちは結論づけている。そうした視座の重要性を今日においても考えさせるテキストして、未完であることが意味をもつことを本書は教えている。(永見文雄・三浦信孝訳)(さとう・せいし=早稲田大学名誉教授・政治理論史/Twitter:@seishi_sato)

★ジャン=ジャック・ルソー(一七一二―一七八八)
=フランスの作家・思想家。ジュネーヴに生まれる。著書に『人間不平等起源論』『社会契約論』『新エロイーズ』『告白』など。