傷魂 忘れられない従軍の体験
著 者:宮澤縦一
出版社:冨山房インターナショナル
ISBN13:978-4-86600-079-4

死地から生還、戦時日本の過ちを綴る

「現代の好戦的愚かさ」に警鐘鳴らす

伊高浩昭 / ジャーナリスト
週刊読書人2020年11月27日号


 戦争という〈制度化された殺戮合戦〉に敗れた日本軍兵士は生死の狭間で人間性を失い餓鬼がきとなり、生存本能から殺傷、窃盗、強盗、詐取、強姦、裏切りと狼藉ろうぜきを働きまくった。そんな地獄絵が展開する〈狂気の絶頂〉である戦地に生きた著者宮澤縦一(一九〇八―二〇〇〇)は、敗戦が濃厚だった一九四四年半ば、三六歳で日本陸軍に召集され、比国ミンダナオ島に赴く。大卒で英語を話す知識人ゆえに当初から、侵略戦争に突き進んだ日本という国の在り方、その軍隊、教育、制度などに疑問を抱き、鋭い批判眼を光らせながら兵卒として苦しい日々を送る。本書は、四五年七月米軍に救われた後に復員した著者が四六年に出した原著を敗戦七五周年を機に復刻したもの。〈人間は絶体絶命の窮地では荒廃の極致に達する〉が、〈それでも誇り、正直、誠実、寛容、人類愛などの人間性は死なない〉。この両面を照らし出す優れた戦地体験記である。

「地獄」は比国に向かう輸送船内で早くも始まった。初年兵の寝る場は不十分、便所は糞で汚れ放題、古参兵は暴力をほしいままにし、病人や発狂者が出る始末。これでは戦意は戦う前に失われる。そんな「昭和の奴隷船」の野蛮ぶりを次のように描く。「人権も糞も軍隊ではまったく問題にならなかった。階級が低いというだけで四十近い教養ある紳士が二十歳前後の野卑文盲の徒輩やからに顔が変形するほど痛めつけられる」。著者の体験でもあろう。

 軍隊教育を「実践よりも丸暗記本位の誤れる形式的な愚劣な精神教育が国をわざわいし、ついには今日、敗戦の憂目うきめまで見るような破目におとしいれた」と批判。「兵隊から判断力を奪い、上官の命令への絶対服従を教え込むため、命令の徹底しない敗戦状態になるや兵士は一層始末の悪い存在になる」と指摘する。「死の行軍」もあった。「帯剣で頭を割られ、血が戦闘帽を紫色に染めるくらいは良い方だった。腰と膝を銃で叩かれ、化膿して死んでいった者もいた。気の狂った者もいれば、隙をみて林の中で首をくくって死んだ者もいた」。悪しき上下関係に起因する〈内なる敵〉が日本軍を蝕んでいたのだ。

 比国の日本軍は四五年には敗残部隊に等しくなっていた。隊内の階級差は意味を失い、上官が報復を恐れて部下の機嫌をとるようになり、部隊は「断末魔」に近づいていた。「糞尿と屍の臭気が鼻をつく山道」を衰弱と飢餓と睡魔に苛まれつつ歩くうちに著者は「運命論者になり、自分は死なないという信念さえ持った」という。だが米軍の砲撃を浴び鉄片で脚に重傷を負い、蛆虫に食われ山蛭やまびるに血を吸われながら、敗残兵の群から取り残され友兵と二人きりになると、手榴弾で自殺を試みる。このくだりは圧巻。

「手榴弾をいざ手にすると、戦闘中の興奮状態とまるで違って、走馬燈のように色々なことが浮かんできて、打ちつける勇気が出ない。この時ほど、特攻隊を志願し散った若者たちの勇気を羨ましく思ったことはない。覚悟を決め、石を目がけて力いっぱい手榴弾を叩きつけた。ゴツンとした手応にはっとした瞬間、私は無意識に手榴弾を横に置いた。否、発作的か本能的か、夢中で手榴弾を手から離してしまったと言う方が正しい。再度決意したが、一度目よりもはるかに気が楽だった。私のように苦痛を伴わない自殺失敗者は、再度の決行はさほど苦にならない。不発弾かという潜在意識も多分に働いていたからだろう」。だが二度目も爆発しなかった。

 しかし衰弱死は必至だった。そんな絶望的場面で米軍に救われる。捕虜の身だが病院で手当を受け回復する。「私は出征以来、待望し続けた平和の生活を取り戻すことができた。動物的生活から、人間的生活へ! 奴隷から、自由人に! こうして私はまた再び還元した」と述懐する著者は復員し、本書を書く。

「比島の日本軍戦死者の絶対多数は、一発の弾丸も撃たず戦争を呪い軍閥を恨んで死んだ。〈小国でも良いから平和な国に生まれたかった。三千年の歴史が何でありがたいのだ。何が無敵日本だ〉と兵士たちは語り合い嘆いていた。日本で生まれたことを兵士に不幸だと嘆かせた罪は誰にあるのか」と本書を結ぶ。

 日本軍の教育、敗戦、一般日本人が戦後余儀なくされた厳しい生存競争は、利己主義、不寛容、ずる賢い詐欺的精神、公共性の欠如などを〈第二の天性〉として日本人に植え付けたと思わざるを得ない。それがコロナ禍のさなか、弱肉強食の新自由主義経済路線が罷り通る現代日本社会の、多数派貧者と少数富裕者の分断、知性と反知性のいがみ合いなど分断状況の根っ子にあるのではないか。

 そんな示唆に富む本書の価値は、敗戦直後よりも今の方がはるかに高いと思う。太平洋戦争の〈葬送の書〉でもある本書を読み、戦争の愚かさと残酷さを追究すれば、「敵基地攻撃能力の保有は必要」などという暴言は出てこないだろう。

 付記すれば、著者が戦後、オペラを中心とする古典音楽の評論家や音楽大学教授になったのは、死線を彷徨った戦時体験を忘れずに超克するためだったからではないか。少女時代に宮澤から可愛がられたというバイオリニスト黒沼ユリ子が跋文に「本書は若い人々の必読書」という復刻の意義に触れている。(いだか・ひろあき=ジャーナリスト)

★みやざわ・じゅういち(一九〇八―二〇〇〇)=音楽評論家。京都帝国大学卒。一九四四年五月出征、戦後復員。武蔵野音大教授を務める。著書に『プッチーニのすべて』など。