魔除けの民俗学 家・道具・災害の俗信
著 者:常光徹
出版社:KADOKAWA
ISBN13:978-4-04-703679-6

「俗信」の向こうに見えるモノ

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

久保真弓 / 高山市図書館「煥章館」(指定管理者)
週刊読書人2020年12月4日号


 小さい頃、「乳歯が抜けたら下の歯は屋根の上に、上の歯は縁の下に向かって投げると次の歯がまっすぐ生える」と親に言われた私は、はじめて抜けた歯を持って家の前に立った。大きく振りかぶって、下の歯を屋根に向かって、投げた! 少女の腕力では二階の屋根まで届くはずもなく、歯は玄関の庇をコン、コンと転がり私の足元に戻ってきた。

 まだ上の歯もある。「縁の下」はないけどもとにかく下に向かって投げれば良かろう。まっすぐ生えろー! と念じつつ、思いきり投擲。コンクリートに激突した歯は痛々しく道路に横たわったのであった。

 (なんか違う。)

 歯をその場にうっちゃって私は家の中に戻った。本当は記念に取っておきたかった。そもそもなんで投げ捨てないといけないのか。

 当時のモヤモヤした疑問への答えがこの本にはあった。

 曰く、屋根は家と外との境界性を帯びた空間であり、古くから怪異や畏怖の舞台として伝承に取り上げられてきた。縁の下は昼でもうす暗く、闇の領域を物語るような習俗が伝えられている。つまり、屋根と縁の下は日常空間の延長ではなく境界線であり、異界に投げ捨てることで願をかけているのである。

 ちなみに昔の家は基本的に平屋なので、上に投げた歯は屋根に着地するか、うまくいけば屋根をまたいで家の反対側まで飛ぶかもしれない。縁の下は暗いし狭いし自分で入るのはためらわれる空間である。どちらの場合も歯を投げれば「向こう側」に行ってしまった感があり、一種のカタルシスを感じられる気がする。

 本書ではこういった俗信、魔除け、禁忌、まじないなどの言い伝えを、四千点に及ぶ膨大な文献から掬い上げ、伝承の核心に迫っている。さらに読みどころとして挙げたいのは、「モノ」ごとに類似の俗信を並列させている点である。司書という仕事柄、私もしばしば地域の郷土資料を手に取るが、○○塚はこういう云われがある、この井戸を覗くと△△で……という具合の伝承を少なからず見かける。そのエピソードは地域の固有名詞と結びついているにもかかわらず、話の大筋はどこかで聞いたことがあるのだ。なぜ日本全国別々の土地で、同じような俗信が伝えられているのか? 俗信の断片たちを少し離れた位置から俯瞰すると、その背景ともいえる人の心意を覗き見ることができる。

 事典的な構成のため好きなページから開いて楽しむも良し、各章末の参考文献から気になるタイトルを数珠つなぎ式に漁るのもきっと愉しい。