最後のダ・ヴィンチの真実 510億円の「傑作」に群がった欲望
著 者:ベン・ルイス
出版社:集英社インターナショナル
ISBN13:978-4-7976-7387-6

美術品の価値はいかに創られるか

史上最高落札額の舞台裏

アライ=ヒロユキ / 美術・文化社会批評
週刊読書人2020年12月4日号


 とにかく厚みのある本だ。ひとつの美術作品の落札をめぐり、制作状況の推測、五〇〇年もの来歴、幾たびもの修復、出品や売買の経緯、その後の行方の推測など、ドキュメンタリーの緻密さと膨大さは半端でない。

 その美術品とは、レオナルド・ダ・ヴィンチ筆とされる、キリストを描いた《サルヴァトール・ムンディ》。二〇一七年、史上最高額の約五一〇億円で落札され、話題を呼んだあの絵画だ。

 本書をスキャンダラスなマネーゲームの実録、あるいは絵画の謎をめぐるミステリーとして読むのもいいが、それだけではもったいない。筆者は美術作品の本質を図らずも明らかにするものに感じた。

 美術作品は美術作家によって生み出されると一般に理解されている。しかし作家の手を離れたところで価値はしばしば創造される。これは文脈でつくり出される「意味」に関わるが、ときに物理的にもそうであると示されるのが衝撃だ。

 修復の課程で、修復家は元の絵具の層の六割は失われ、レオナルドが意図して描いて完成させた部分で残っているのは二割に過ぎないと感じたという。作家の他作品の画風を参照しつつ、「加筆」でオリジナルの再現を試みる。この絵画は美術商のサイモンとパリッシュによって見いだされたが、公開後も微補正が加えられ、外見は微妙に変貌している。

 このような過程を経た作品の価値を保証するものは情報だ。修復の課程をいかに克明に情報として残すか、あるいは有益な情報のみ取捨選択するか。どのようなプロセスで公開し、誰に鑑定など意見をもらう、保証してもらうか。この頭脳戦の駆け引きを間違わないことが重要で、政治家の名声と同じように周到な配慮で良い価値づけが得られる。来歴の調査と情報量も重要で、蓋然性の高さという状況証拠は価値向上にさほど貢献しない。

 美術作品は実用性のない点で本来は無価値で、市場や美術史での関係性(文脈)や言説の保証で経済価値が保証される。その最たるものが歴史上の評価が定まっていない現代美術だが、オールドマスターと呼ばれる古い美術作品も評価方法はやや異なるが、意味づけが重要な点では変わらない。よく作家の真筆か工房作品かで価値が変わるとされるが、そうした作品の定義を超えたところでも価格の決定がされる。真贋と位相の異なる問題だ。

 情報操作による価値の可変性の高さは、人為による介入も招き入れる。作品の価値保証だけでなく、売買による利得に関わることだ。ロシアの新興富豪リボロフレフを手玉に取って「不当」に利ざやを得たスイスの美術商ブーヴィエのエピソードも鮮烈で、四八〇〇万ドルをせしめた彼の「道徳的ではないですが、合法です」の言葉はなかなかの破壊力がある。彼は当時超富裕層相手の無課税のフリーポート(自由貿易港)の倉庫業を営んでおり、美術品の購入・保管の裏事情も透けて見える。特権階級による価値づけこそいまの美術の根本問題だとの義憤は著者の執筆動機でもあるだろう。

 美術品が情報の側面を持つなら、文化によってその扱いも変わる。最終購入者のアラブの富豪にとってキリストの肖像はデリケートな存在であり、公開を妨げる一因とも著者は推測する。テキサスでの売買交渉では絵画がとある男性から同性愛的とみなされ、敬遠された。

 美術批評とは価値の根源について思考し、美術市場の分析はその実態調査でもある。筆者はそうしたことを生業とするが、改めて価値の意味について考えさせられた。(上杉隼人訳)(アライ=ヒロユキ=美術・文化社会批評)

★ベン・ルイス
=著述家・ドキュメンタリーフィルム制作者・美術評論家。母国イギリスを中心に活動。