或る「小倉日記」伝
著 者:松本清張
出版社:KADOKAWA
ISBN13:978-4-04-122701-5

或る「小倉日記」伝

第28回芥川賞受賞作品

書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞

渡辺小春 / 書評アイドル
読書人WEB限定


読書の時間ほど私の心に寄り添ってくれるものはない

 今回の書評は、第28回芥川賞を受賞した、松本清張の『或る「小倉日記」伝』を選んだ。

 昭和15年の秋のある日、詩人K・Mのもとに田上耕作という男から手紙が送られてきた。その手紙の内容は、小倉在住時の森鷗外を調べ、文章にまとめたものだった。

 送り主の、田上耕作は、生まれつき障害を持ちながらも、優れた頭脳を持っていた。彼は、中学時代からの友人に森鷗外の「独身」という本を薦められる。鷗外の文章は耕作の孤独な心によほどひびくものがあったのか、耕作は、鷗外の本に没頭する。

 昭和13年、「鷗外全集」が出版された。しかしそこには、鷗外が書いたとされる、小倉に住んでいたころの日記が収録されていなかった。耕作は「小倉日記」の空白を埋める仕事を思いつき、全身で打ち込む決意をする――。

 今回、松本清張の作品を初めて読んだ。名前は、よくミステリードラマで耳にしていたので、この作品もミステリーものだと思っていたが、そうではなかった。確かに、森鷗外について、いろんな人々を耕作が尋ねる姿は、警察や探偵を彷彿とさせるものがあったが、もっと主人公の内面が描かれ、切なくて読み応えのある小説だった。エンターテインメント性のあるミステリー作品を想像していたので意外だった。今度、図書室で松本清張のミステリー作品も読まなければ!と決意した。

 物語の最後には、耕作が死んでしまった後、森鷗外の『小倉日記』が発見されたことに対して「この事実を知らずに死んだのは、不幸か幸か分からない。」と書かれている。この最後の文は私をより一層切なくさせた。出来れば、物語の終わりは、ハッピーエンドであってほしい。これは毎回読書をしながら私が願っていることだ。それなのに、「それは分からない。」と突き付けられた。耕作の約13年の頑張りを知っていると、あっけなく鷗外の親族によって空白が埋まられてしまったのは悲しすぎる。耕作が、空の上で喜んでくれればそれでいいのかもしれないが、不幸か、幸せなのか、分からないなんて切なすぎると私は感じた。

 また、この作品で印象に残ったのは第二次世界大戦の描写だ。たった2ページほど、さらっと説明のように書かれているだけだが、ずどんと私の心にのしかかった。耕作は、鷗外を知るために人を訪ねて回っていたが、戦争によって、生きていくのに必死になり、そんな余裕はなくなってしまった。全身をかけて仕事しようと決心した耕作の決意も、火の玉によってくだかれたのだ。さらに、終戦になると経済的にも、身体的にも余裕がなくなり、苦難を強いられてしまう。戦争によって、人々が逃げまどわなければならなかったのも、戦後の生活が大変だったことも日本史の授業でしか私は知らない。作者は、1909年生まれだから、戦時の日本をその目で見てきたのだろう。その視点で描かれた戦時の描写には、教科書では伝わらない、心情や景色があった。戦争がフィクションではないと思うと、胸が苦しくなった。

 ◇        ◇

 障害という境遇に暗く、孤独な思いをしていた耕作は、読書を通して森鷗外について調べるという生きがいを見つけた。そして読書は彼の孤独に寄り添ってくれる大切なものとなった。読書は、一人で読むことが多く、孤独な時間である。読書は究極の孤独、なんて言葉を聞くけれど、この時間ほど私の心に寄り添ってくれるものはないと思っている。本が見せてくれる豊かな世界を独り占めできるのだから。

 私にとって、本を読んでいる時間だけは、誰にも奪われたくない時間である。

 この物語は、障害、孤独、戦争など重たくて暗い要素が多いかもしれないけれども、耕作の姿に、かすかな光を感じた。


<写真コメント:大好きな読書の時間。>


★渡辺小春(わたなべこはる)=書評アイドル
五歳より芸能活動を始める。二〇一六年アイドル活動を始め、二〇一八年地下アイドルKAJU%pe titapetitを結成。現在「読書人web」で『書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞』連載中。最近の活動として、官公学生服のカンコー委員会、放送中のNHKラジオ第2高校講座「現代文」には生徒役として出演中。二〇〇四年生。
Twitter:@koha_kohha_