あしたの南極学 極地観測から考える人類と自然の未来
著 者:神沼克伊
出版社:青土社
ISBN13:978-4-7917-7312-1

南極でのふだんの暮らし

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

余田葵 / TRC-ADEAC
週刊読書人2020年12月11日号


 南極にサウナつき風呂があるらしいと聞いたら、あなたはどう思うだろうか。噓だと思うかもしれない。あたり一面氷の世界に、風呂なんて、ましてやサウナなんてあるわけないと思うのではないだろうか。しかし、南極にサウナつき風呂は本当にある。

 本書は南極での暮らし・仕事・世界情勢を伝えている。著者は2回の越冬を含めて15回南極へ赴いており、行ったことがない人が想像する南極と、実際の南極のギャップを埋めるため、本書を書き上げたという。日本にいて南極を想像すると、ただひたすらに大自然の厳しさを思い浮かべるかもしれない。もちろん厳しさはあるものの、人間がいるということは、そこに暮らしがあり仕事があるということである。南極にいてもお腹はすくし、お風呂にも入りたくなる。大自然に圧倒されて、つい忘れそうになるふだんの暮らしぶりを、著者は丁寧に紹介している。サウナつき風呂は日本が拠点にしている昭和基地と、アメリカのマクマード基地にあるという。なかには、氷点下で布団を干すときの苦労話や、ごみを出さないために作られ、のちにコンビニの商品になった「悪魔のおにぎり」誕生秘話など、南極ならではの暮らしも垣間見ることができる。

 そもそも南極で何の仕事をしているか知らない人もいるだろう。1956年に日本は初めて南極地域観測隊を派遣し、それから60年以上にわたって膨大な項目の観測を行ってきた。温度やオーロラなどの気象観測、著者の専門である地震観測など、観測できるものは何でも記録することが、南極での大切な仕事だ。大成果をあげたのが、オゾン層の観測である。オゾン層は破壊されると、強い紫外線が地表面に届き、皮膚がんを発症する割合が高くなることが知られている。まだこのことが解明されていなかった61年からオゾンの観測を続け、82年にはオゾン量が急激に下がる現象が観測されていたという。このような社会を変えた事例や、ペンギンを数えるなど大自然の仕事ならではの事例などを紹介している。

 また、南極には特別な条例があり、国境を争わないことや核を持ち込まないことなどが決められている。しかし、かつては核実験の計画もあったという。著者は、条例に守られた南極の姿は、地球上で人類が目指す究極の姿だとし、これからの地球と南極のあり方を考えるヒントを記している。

 著者の実体験などで語られる本書は、ふだんの暮らしぶりから厳しい自然現象まで、幅広い南極の姿を見せてくれる。日本でも南極でも同じようにお風呂に入れるのだな、とぼんやり考えながら湯船につかれば、楽しい南極旅行気分が味わえるかもしれない。