音のかたち
著 者:有山達也 著 齋藤圭吾 写真
出版社:リトルモア
ISBN13:978-4-89815-508-0

音のかたち

図書館員のおすすめ本(日本図書館協会)

松田ユリ子 / 神奈川県立新羽高等学校
週刊読書人2020年11月27日号(3367号)


 「レコードって,針を端っこに置くんだよ」と言ったら,その生徒は迷わずターンテーブルの真ん中にアームを持っていった。その衝撃。だがアナログ盤に塗れた青春を送った私でも,なぜあの溝に針を落とすと音が再生されるのかを実は理解していなかった。この本を手にするまでは。

 レコードの溝はV字形をしていて,モノラルはその両側に同じ凸凹が,ステレオは左右に違う凸凹が刻まれている。この刻み方のことが「カッティング」なのであった。巷のビニール・ジャンキーたちが,カッティングがどーのこーのと言い合っていたり,伝説のレコーディング・エンジニア,ジェフ・エメリックが,「1964年の夏,ぼくははじめての昇進を果たし,アセテート盤のカッティングを担当することになった。」(『ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実』奥田祐士訳 河出書房新社 2016 p.138)と書いていたりするのを,わかった気になっていただけと思い知らされた。

 でも,この本の真にすばらしい点は,良い音が生まれるための「かたち」への着目というテーマ設定にある。レコードの溝の美しいマクロ写真。針の振動を音に変換するフォノイコライザーに使われているトランジスタやコンデンサーの愛らしい形。イギリスのベッドフォードに住むオーディオ・マニアの散らかった作業机。ヴィンテージのカッティングマシン。そして,針に研磨される前の天然ダイヤモンドの粒々。

 西にキング・オブ・アナログと呼ばれるマニアがいれば飛んで行き,東に1949年からダイヤモンドのレコード針を作り続けている精密宝石会社があれば取材を申し込み,著者は良い音のかたちを求めて探求を続ける。そして,結論はこうだ。「演奏者の熱だけでなく,その保存,再生に関わる人たちの熱き思い」(p.126)。結局,形をつくるために形の無いものが不可欠なのであった。