見えないスポーツ図鑑
著 者:伊藤亜紗/渡邊淳司/林阿希子
出版社:晶文社
ISBN13:978-4-7949-7192-0

楽しくもがいてスポーツの本質にせまる

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

小藤浩恭 / TRCサポート事業推進室
週刊読書人2021年1月8日号


 スポーツは観戦するだけでも面白い。サッカーの目の覚めるようなゴールシーンや柔道で必殺の投げ技がきれいに決まった瞬間には鳥肌が立つような興奮がある。しかしそのような華やかな瞬間に至るまでの一見地味な駆け引きの中にその競技の本質が隠れているらしい。ラグビーのスクラムの中で選手は何をやっているのか?アーチェリーの選手は狙いをつけてから矢を放つ瞬間までにどんな感覚を味わっているのか?

 この本で紹介されていることは、著者らが視覚障害者にスポーツ観戦を楽しんでもらうにはどうしたらよいかという研究がきっかけで始まった。まず野球の実況中継のように様々な競技を音声で伝えることを試みるのだが、卓球のスピードあふれるラリーやフェンシングの剣さばきを声だけで伝えるのは難しく挫折する。そこで著者らは方向を変えてスポーツ競技を翻訳するという試みを始める。スポーツの翻訳とは単に試合の様子を言葉で伝える事ではなく、一流アスリートの駆け引きや試合中に体に受けている感触といったものを、誰でも同じように感じられるように競技とは別の道具立てで再現する事だ。この本ではラグビー、アーチェリー、柔道、セーリングなど10種類の競技で翻訳を試みる様子が記されている。

 まずそれぞれの競技のエキスパートを呼んで説明をしてもらうところから始まり、その後は体を張った実験が始まる。例えばラグビーのワールドカップに熱狂した人たちのほとんどは、実際にスクラムを組んだことはないと思うが、そのような人がスクラムの中にいる感覚を味わうにはどうすればよいか?大学の研究者やスポーツのエキスパートが集まり、真面目な顔をして百円ショップで購入した日用品を振り回したり引っ張ったりして、もがいているのはちょっとシュールな風景である。その結果ラグビーの翻訳ではキッチンペーパーを頭に当てて紐と軍手で押したり引っ張ったりする奇妙なシステムが出来上がる。

 さてこのように色々なスポーツを翻訳してみると、その競技の本質が浮かび上がることで思いがけない類似性が見えてくる。面白いと思ったのは、格闘技の柔道と球技のサッカーの類似点だ。柔道は対戦相手の重心を崩すものだが、サッカーは相手選手と駆け引きしながら相手チームの重心を崩し合う競技であったのだ。こうした目で試合を見ることでそのスポーツの新たな楽しみを発見出来るかもしれない。

 実はわたくしも技術者として研究開発に携わっていたが、全く新しいテーマで研究を始める時には実験方法をゼロから組み立てなければならないことも多い。まずは試行錯誤を繰り返しながらうまくいきそうな感触をつかんでいく、そうした時間が研究者にとっては結構楽しかったりする。この本を読んでそんな雰囲気を味わってみてはいかがだろうか。