社会の仕組みを信用から理解する 協力進化の数理
著 者:中丸麻由子
出版社:共立出版
ISBN13:978-4-320-00933-2

人助けは情けか、戦術か

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

乾達 / TRCサポート事業推進室
週刊読書人2021年1月8日号


「情けは人のためならず」という人生訓を知らない人はまずいないだろう。ただ「人に情けをかけて助けるのは、結局その人のためにならない」の意味だと記憶しているなら、残念ながら誤用になる。正解は「人を助けると、めぐりめぐって自分にもよい報いが来る」だが、誤解は根強く、文化庁の世論調査では、助ける派、助けない派が46%ずつと真二つに分かれたという。

 確かに、競争が激化する現代社会で、自らが犠牲を払って、他人に恩恵をもたらすのは、不合理にも思える。「共助」「公助」より、「自助」が強調される風潮もそんなところに背景があるのだろう。

 廃れつつある助け合いの精神だが、本書を読むと、思わぬ援軍が見つかる。生物学である。それもおなじみの進化論だ。

 著者の中丸麻由子氏は東京工大准教授の数理生物学者で、人間社会において信用を基盤とする組織や制度がどのように成立してきたかに着目し、研究を重ねている。社会学や経済学が扱いそうなテーマだが、彼女が駆使する「進化ゲーム理論」は、数々の数式を使って人間の行動や社会条件をモデル化し、コンピューターでシミュレーションを重ね、実験やフィールド調査も交えて、協力の成立条件の解明に挑む。

 協力は助けた相手に利得をもたらす一方で、相手が助け返さなければ、お金や労力を負担するだけの損を覚悟の行動となる。 しかし、進化ゲーム理論は、社会の中でプレーヤー間の相互作用が繰り返され、協力か非協力かの選択が続くゲームの中で、行動が進化し、協力が信用金庫や保険のような組織や制度として定着したことを示唆する。

 もちろん遺伝によるものではない。利得の高いプレーヤーの戦術が集団内で真似されていくことで、他の戦術を自然淘汰して「進化的に安定」となる。各章では、プレーヤーの評判、非協力者への罰、プレーヤーに加われる許可条件が、協力の進化を促進する要素になることも示され、なるほどと思わせられる。嘘の情報が妨げになるとも分析しており、フェイクニュースがはびこる現状では、信用や協力の醸成が容易でないこともうかがえる。

 興味深いのが、佐渡の「頼母子講」の実態調査だ。参加者が出資しあい、順番にまとまった資金を受け取る民間金融の仕組みだが、二つの講を組み合わせて負担と受益の機会を複雑化させるなど、協力を支える様々な仕掛けが施されていることに刮目させられた。

 子どものころに教わった「ブランコは独り占めせず順番に」「ケーキは半分ずつに」「悪いことをしたら謝る」といったルールは、波風を避けるために必要な単なるマナーや道徳ではなく、進化に裏付けられた、社会を生き抜くために確率の高い合理的戦術なのだと、本書は気づかせてくれる。実はここが研究のミソであるとも言えそうだ。

 行動の進化により信用や協力を重視する社会の「生態系」が築かれた、という視点を持つと、世の中の見方も変わる。「自分第一」「人に情けをかけてはいけない」という戦略は、損を減らすように見えて、逆の結果を招きそうだ。社会にとっても環境を破壊する迷惑行為になりそうだが、為政者がぶっ壊している国もある。ひょっとすると、そうした変異とのせめぎあいが、社会の進化に貢献するのかもしれないが。