「家庭料理」という戦場
著 者:久保明教
出版社:コトニ社
ISBN13:978-4-910108-01-8

「家庭料理」という戦場

書評キャンパス―大学生がススメる本―

角佳音 / 上智大学文学部新聞学科
週刊読書人2021年1月15日号


「家庭料理」という戦場 「美味しいご飯が食べたい」、これが私の人生における最大の欲求であり、最重要事項である。しかし、冷静になってこの欲求に立ち返ってみると、一つの疑問が浮かぶ。「美味しいご飯」とは、一体何なのだろうか。その疑問の下、本書を手にとった。

「家庭料理」と聞いて、何を思い浮かべるだろう。肉じゃが、カレーライス、味噌汁……。実際のところ、これらのメニューは家に限らず、飲食店、スーパーやコンビニなど、様々な場所で食べられる。それにも関わらず、我々はまだ「家庭料理=家で食べる手作りの料理」という幻想に囚われている。

 本書では、社会の変遷と共に変化してきた家庭料理の現場に迫る。社会学の分野で活躍する著者の切り口から、家庭料理を取り巻く様相の変化と「家庭料理」と戦う消費者の姿が見えてくる。

 本書において注目したい点は二つある。一つ目は、「時代の三区分」である。1960~1970年代――手作りの重視と食の簡易化という対極的な要素によって家庭料理が構築されたモダン期、1980~1990年代――構築された既存の家庭料理に対して、各々のアプローチで懐疑と改変に挑戦した小林カツ代と栗原はるみが登場するポストモダン期、2000~2010年代――レシピの書き手と読み手の区別を弱めながら、「共有」をキーワードに二人の取り組みを進化させたノンモダン期。

 著者は、生活史研究家の阿古真理氏の研究や、小林カツ代と栗原はるみの作品や発言を参照しつつ、各時代における家庭料理の在り方について論を展開する。これにより、それぞれの時代で完結していた営みが一つの流れとなって見え、家庭料理の変化を理解しやすくしてくれる。その一方で、このような変化に振り回されながらも自らのライフスタイルに合わせながら料理生活を営もうとする消費者たちの姿が自分自身と重なることもあるだろう。

 二つ目の注目点は、1980~1990年代に活躍した二人の料理研究家、小林カツ代と栗原はるみの各アプローチを可視化した「レシピ対決五番勝負」である。この対決は本人らによるものではなく、著者が二人のレシピで調理した料理を四名の審査員が評価する企画である。この企画から、両者とも「家庭料理を脱構築した料理研究家」であるにも関わらず、そのアプローチには違いがあることを実感できる。定番料理を脱構築することで、手作りと手抜きの区別を無効化する「美味しい時短」を誕生させ、働く女性たちの味方となった小林カツ代。誰が作っても一定水準の美味しさが担保される計算高いレシピを用いて、彼女が演出する「ゆとりの空間」へと主婦らを誘うようなスタイルで人気を博した栗原はるみ。ここにおいて、二人のアプローチの違いに気が付けると同時に、正反対の二人の姿から、この時代に二極化した女性像――働く女性と専業主婦が見えてくる。

 この二点を踏まえて現代に立ち返ると、変化が加速する時代において、女性に限らず、全ての消費者のライフスタイルは多様化しており、それと同時に家庭料理も広がりを見せている。そこから言えるのは、「家庭料理=家で食べる手作りの料理」と一口に表せないのは勿論のこと、そもそも「家庭料理」を定義付けることも困難だということだ。しかし、だからこそ我々は、「食」という暮らしの要素と向き合い続けなければならない。家庭料理との戦いは続いてゆくのだ。

★すみ・かのん=上智大学文学部新聞学科に所属し、「方言とアイデンティティ」をテーマに研究中。スペインでの留学経験から、日本とスペインを繫ぐコミュニティの運営に携わる。