「ユダヤ」の世界史 一神教の誕生から 民族国家の建設まで
著 者:臼杵陽
出版社:作品社
ISBN13:978-4-86182-757-0

世界史の流れの中でユダヤの歴史を考える

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

林敏一 / TRCサポート事業推進室
週刊読書人2021年1月22日号


 キリスト教、イスラーム教に並ぶ一神教として知られるユダヤ教。ただ、その信者の数は約1400万人と言われ、キリスト教徒が25億人、イスラーム教徒が18億人いると言われているのに比べて、圧倒的に少ない。しかしながら、アメリカの大統領選挙に大きな影響を持つとか、世界の金融はユダヤ人によって牛耳られているとかといった風評もよく聞かれ、一般での認知度は高い。今も絶えないユダヤ陰謀論など、どちらかと言うとネガティブなイメージが漂っている。一方で、故国を持たない「離散(ディアスポラ)の民」であるとか、ナチス・ドイツによるユダヤ人ゲットーのような悲惨な歴史を持った「かわいそうな」民族というイメージもある。

 評者を含めて日本人の中にあるそうしたユダヤ人、ユダヤ教の理解は果たして正確なのか。本書は、「ユダヤ人の歴史を世界史の流れの中で叙述したもの」(まえがき)であり、日本人の研究者によるユダヤの歴史である。この本を読むことによって、読者は自分が信じる宗教や政治的立場から離れて、歴史の中でユダヤ人、ユダヤ教徒がどのように生き、何をしてきたのかを知ることができる。著者は、「ユダヤ」の歴史を貫通する「統一性」と「多様性」でユダヤ人の世界を捉えており、ディアスポラでさえ大多数のユダヤ人にとって安らぎの場所であったという側面を持つという。

 こうした著者の視点を踏まえて、本書は第1章で「ユダヤ」の歴史を読むために知っておかなければならないことを記し、あとの19章を用いて古代からイスラエル建国までを記述している。特に、第Ⅱ部の中世・近世では、これまで余り読むことのなかったイスラーム世界の中でのユダヤが取り上げられている。十字軍の時代、ヨーロッパ内に居住するユダヤ教徒はキリスト教徒からはスパイ的にイスラーム教徒と手を組み内側から攪乱しようとしている「内なる敵」と見られていたという指摘は、これら3つの一神教の複雑な関係をよく表している。

 本書はユダヤ人国家、すなわちイスラエルの建国をもって古代以来のユダヤ人/教徒の歴史の記述を終わっている。それは、「イスラエルに居住するユダヤ人はイスラエル人としての新たな国民意識を形成していく」という認識のためであるが、イスラエルに居住しない、あるいはできないユダヤ人/教徒を含めた「ユダヤ」の現代史が今こそ必要なのではないだろうか。

 現代政治の中での生々しいユダヤ人の考えに接したい人に、ユダヤ人インテリジェンス・オフィサーと独自のコネクションを持つ佐藤優氏の本『イスラエルとユダヤ人に関するノート』(ミルトス)はおすすめの1冊。