戦争の歌がきこえる
著 者:佐藤由美子
出版社:柏書房
ISBN13:978-4-7601-5249-0

戦争体験者の記憶が消えたあと、聞こえるのはどんな「歌」か

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

粟飯原浩 / TRCサポート事業推進室
週刊読書人2021年1月22日号


 書店の目立つ平台に嫌韓、嫌中本がずらりと並び、ネット上には隣国への侮辱的な記述があふれる。世情に敏感なテレビは「日本スゴイ!」と自賛する番組を垂れ流す。いつからか、世の中のムードに表現しがたい気味悪さを感じていた。なぜこんな風になったのか。本書でその原因を探るヒントを得た。戦争体験者が人生を終え、この国から「記憶」とともにいなくなっているからだ。恐らく、大きく間違っていない。

 著者は、ホスピス緩和ケアを専門とする米国認定音楽療法士だ。歌や楽器演奏を通して人生の終末期を迎えた患者や家族の心と体を癒し、社会からの孤立感を和らげるようサポートするプロである。第二次世界大戦が終結してからの時の流れにタイミングが合ったこともあろう、2003年から働き始めた米国オハイオ州のホスピスで数多くの退役軍人や戦争体験者のケアを担当した。

 著者が日本人だと知るや、「僕は日本兵を殺した」と泣き崩れた退役軍人。フィリピンのジャングルで日本軍と戦い親友を失いながらも、その後目にした広島の原子野にショックを受けた元歩兵。原爆開発計画にかかわった男性は「あんなことになるとは、本当にしらなかったんだ」と自責の念に苛まれていた。「ナチスが来る」と遠い過去の恐怖で叫び続けるアウシュビッツの生存者もいた。

「彼らのほとんどはもう、この世にはいない。私が受け取った言葉を、ひとりでも多くの日本人に届けられたら幸いだ」。この思いで綴られたエピソードの数々は、ページを繰るにつれてそれぞれが折り重なりながらつながり、迷いのない強いメッセージとなって読者に届く。戦争を取り上げる原稿はどうしても余分な力がにじむものだ。平和、民主主義をテーマにしてきた私の新聞記者時代の自戒である。しかし、著者の筆致は静かで落ち着き、行間からあふれる思いを読み逃すまいとさせる。

 著者は取材記者のように戦争体験を聞き出すために彼らに接したわけではない。音楽療法を進めるために交わされた会話であり、中にはほんの断片的なものでしかないものもある。「忘れたくても忘れられない記憶こそ、人生の最期によみがえるのだ」。彼らが語った記憶は、体験者にしかわかりえない。彼らの記憶に近づくため、著者は語られた出来事やその背景を信頼できる資料にあたって調べ、時には第二次世界大戦の痕跡がいまだ残る場所にも足を運んだ。この作業が、遠い昔の出来事の戦争を「手に届くほど近い存在」にし、読者の理解を助ける強い説得力を生み出している。

 戦争体験者がいなくなること。それが、歴史修正主義が大手を振り「向き合いたくない記憶」を無視することになってはならない。読み終えてふとタイトルが気になった。「戦争の歌」とは、それが「きこえる」とはどういう意味なのだろう。深読みはいけないかもしれないが、どうしても深読みしてしまう。