西洋文学にみる異類婚姻譚
著 者:山内淳(監修)
出版社:小鳥遊書房
ISBN13:978-4-909812-44-5

描かれ続ける境界を越えた繫がり

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

常千鶴 / TRCデータ部
週刊読書人2021年1月22日号


 動物、怪異、神。世の中にはそれら「人間以外の存在」、つまり異類と人間との恋愛や婚姻を描いた作品が多くある。古くは神話の時代から現代まで、この題材は場所を問わず愛されてきた。この本では西洋文学における様々な「異類婚姻譚」を、「人間と異類との境界線を考える物語」として読み直している。

「異類」と一口に言っても、扱われているのは、ギリシア神話の魔女メディア、美女と野獣、ラヴクラフトなどと様々だ。独立した論考が9本あり、掲載順は特別寄稿の1本を除いて各作品が成立した順に沿っている。西洋の各時代で異類がどう扱われ、描かれてきたのか。順番に論考を読んでいくことで様々な伝承や物語も当時の情勢の影響を受け変化してきたことが読み取れる。異類に対する見方の変遷を辿る意味でも興味深い1冊だ。

 自然の移ろいから超常的な存在を見出し、神話を作り上げてきた古代では自然に内包される「異類」と人間との境界は曖昧なものだったという。やがて西洋ではキリスト教が成立し、強い影響力を持ったことで人と異類との線引きは強く明確なものとなった。異類と人間が結ばれることを考えることも禁じられ、人と異類が交わる物語は少なくなってしまったという。西洋の異類婚姻譚を語る時、キリスト教の影響への言及を避けることは難しいことが伺える。

 しかしその中でも様々な場所で異類と繫がる物語は作られてきた。元々その地に伝わっていた妖精伝説を始祖伝説に組み込むことで支配者の血統の正当性を主張し、人心が分かれていた土地の統治力を強めようとした『メリュジーヌ伝説』、グレートブリテンが成立し未知の文化との交流を余儀なくされていた頃に、神話の中の完全な異世界の視点から描かれたことで民衆の人気を博した歌劇『エイシスとガラテア』。キリスト教的価値観の支配が強固だった時代でも受け入れられる人間と異類との物語はあった。

 時代が下るにつれ、西洋社会に様々な外部社会との繫がりが増えていくとともに、それまでになかった形の異類との繫がりの話も現れた。キリスト教的価値観や科学的価値観からもタブー視されていた同性愛を扱った女吸血鬼の小説『カーミラ』、悪魔と人間の女性の交わりから生まれた邪悪な存在の恐怖を描き、これまでの典型的な異類婚姻譚を〈反転〉した物語となった『ダンウィッチの恐怖』。科学の発展や外との交流によって既存の価値観が揺さぶられると共に、異類との出会いと別離という典型に収まらない形を見せてきた作品群は、再び人々の想像の中にある人間と異類との間の壁が崩れてきている証左なのではないかと思える。

 西洋の異類婚姻譚は世間的な縛りがありつつも現代まで描かれ続けてきた。多様な題材や表現が広まった今、異類との関係の幅もまた広まっているように思える。この本を通じて異類婚姻譚の変遷を見ることは、今後の人間と異類、いわば自然との境界、そして繫がりを理解するための一助となるだろう。