感染地図 歴史を変えた未知の病原体
著 者:スティーヴン・ジョンソン 著, 矢野真千子 訳
出版社:河出書房新社(河出文庫)
ISBN13:978-4-309-46458-9

感染地図 歴史を変えた未知の病原体

図書館員のおすすめ本(日本図書館協会)

米澤久美子 / 東京都立府中東高等学校
週刊読書人2021年1月8日号(3372号)


 コレラという感染症は19世紀に猛威をふるい,多くの人の命を奪う伝染病として恐れられていた。その当時は原因も治療法もわからない致死的な未知の病気だったからである。

 本書は19世紀半ばにイギリスのロンドンで起きたコレラの大発生により,わずか10日間で600人が亡くなるという惨事を,科学的また社会的な視点から追いかけた著作である。

 主人公は人当たりの良い現地の牧師と,当時はコレラの原因はにおい(瘴気説)だと信じられていたが,それに疑いを持つ無口な医師の二人。そして急成長を果たした都市と,宿主を求める病原体,探偵小説風な展開で進んでゆく。

 疫病の原因は「水」が汚染されたことだと,どのように立証していったのか。聞き込み調査とデータの解析,そして二人の出会いが大きなカギとなる。さらに感染した人を地図上に表す「感染地図」を初めて作成したことが,歴史を動かすターニングポイントになった。

 作者は当時の公衆衛生状況と都市が急成長をしたために起こるさまざまな問題に目を向け,疫病が広がる要因に迫っていくが,現在にも通じる点が多いことに驚く。

 未知のウィルスが広がり,パンデミックという言葉が毎日ニュースで流れ,「感染地図」の子孫が21世紀の今,膨大なデータの海の中でその役目を果たし,世界規模で感染が広がる様を,真っ赤な地図上の点で表している。

 そんな中でこの本と出合ったことが,偶然の一致だとしたら,いったい何を意味しているのだろうか。私たちはそれを見ている傍観者ではなく,その地図上に存在する当事者であるということを,この本は差し示しているのかもしれない。テクノロジーも経済も格段に進歩したが,人類と病原体の闘いは続いているのである。