カモノハシの博物誌 ふしぎな哺乳類の進化と発見の物語
著 者:浅原正和
出版社:技術評論社
ISBN13:978-4-297-11512-8

カモノハシの生態から哺乳類の進化、研究の歴史、外交まで

ニュー・エイジ登場

浅原正和 / カモノハシ研究者・愛知学院大学教養部生物学教室専任講師
週刊読書人2021年1月29日号


 オーストラリアにカモノハシという動物がいます。一風変わった哺乳類で、毛皮に覆われた体からはくちばしが生えていて、卵を産み、生まれた仔を母乳で育てます。オーストラリア以外では飼育もされておらず、その知名度の割に情報は出回っていませんでした。本書はそのカモノハシについて丸々一冊書かれた初めての日本語の書籍です。

 へんてこな生物であるカモノハシには、その周辺にも面白いことがたくさんあります。カモノハシ発見に至る博物学(生物学の源流)の発展の歴史は当時の植民地開発と不可分ですし、カモノハシが一風変わっているのは、長い年月のなかで哺乳類らしい特徴が進化してきた歴史を反映したものでもあります。また、多くの人々がカモノハシに関わり、そこに様々なストーリーがありました。カモノハシに魅せられた研究者の物語や、市民がはじめた保護活動がカモノハシの住む川を甦らせた事例、さらには政治家がカモノハシを外交の道具として用いた歴史もあります。本書ではカモノハシの生態や行動だけでなく、哺乳類の進化史や、カモノハシ発見の歴史、人間とカモノハシの関係まで扱っています。

 本書の中では著者自身が近年論文として発表した研究についても、始めた経緯から活動の実際まで紹介しています。カモノハシの祖先であるオブドゥロドンとカモノハシを比較した進化の研究では、標本をCTで撮影し、米国に標本調査に行き、論文を投稿し、発表されて反響を得るまでのお話をしています。そのほかにも、政治外交史的な研究として、第二次世界大戦中、ウィンストン・チャーチルに贈られたカモノハシに込められたメッセージを紐解くまでのお話もしています。どちらの研究の遂行にも「お茶会」が重要な役割を果たしていたことにも触れています。

 本書は筆者の行っている大学での教養科目の講義を土台としているのですが、そのシラバスでは、「特定の動物の名前を挙げているが、特定の動物を学ぶ講義ではない」としています。もちろんカモノハシ好きの著者としてはカモノハシのことも知ってほしいのですが、カモノハシの魅力はそれ自体だけでなく、その周囲にもあるのではないかと思います。カモノハシという、ある種ニッチな軸を持つことで、かえって幅広い分野にまたがったストーリーをひとつながりに楽しめるように思うのです。本書は専門的な内容も含みますが、分野をまたがる読み物としての面白さを意識して書いたつもりです。その評価は読者の皆様におまかせしたいと思っております。様々な興味感心をお持ちの方にご一読いただけたらと思っています。(あさはら・まさかず=カモノハシ研究者・愛知学院大学教養部生物学教室専任講師)