蚕と戦争と日本語 欧米の日本理解はこうして始まった
著 者:小川誉子美
出版社:ひつじ書房
ISBN13:978-4-8234-1031-4

世界史の中の日本語

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

松本のぞみ / TRC物流管理部
週刊読書人2021年2月19日号


 大航海時代から第二次世界大戦までの欧米において、どのように日本語が学ばれてきたかを書いている本書は、英語、ローマ字、カタカナで会話の例文が描かれた表紙に、歴史書然とした雰囲気もあって、少しとっつきにくいかもしれない。しかし実際に本を開くと、大きな歴史の流れの中で、様々な欧米の日本語学習者の努力・熱意がドラマチックに描かれ、引き込まれる。日本と世界を行き来しながら、山ほどの人物名が登場し、時には現代の学者名も混ざるので多少混乱するが、われわれが何気なく使っている日本語の描写も多く、読者の興味を繫ぐ手助けとなるだろう。

 日本語を学ぶ動機はしばらくの間、貿易や研究のためであった。特にタイトルにもなっている蚕とは、第四章「蚕とジャポニズム」にて詳細が語られる、日本製養蚕業の輸入にともなう日本語学習の広がりから取られている。ヨーロッパでは絹が王族や貴族に愛されていた。ところが絹生産のかなめである蚕が病気のために死滅する事態が発生した。海外から卵を持ち帰ることに成功しても、従来通りの育て方をすると生きながらえない。そこで、日本の養蚕業の本を翻訳して日本の養蚕方法を学ぼうとしたのである。あまり日本で知られていない歴史だが、日本という東の果ての国に対する知識が広まり、モネ、ゴッホなどで有名な日本愛好(ジャポニズム)の潮流を生み出すきっかけのひとつとなった。続く第五章が最もスリリングで、日本内外の有名な歴史上の人物が次々に登場し、開国から明治維新への移り変わりを描く。母国から交易のため派遣され日本語を学んだ、それまで別の章に登場した外国人の子孫が登場し、日本の近代化に貢献していく。歴史とは、様々な人物の生涯が織りなすものなのだと実感させられる。そして蚕と同じく、書名に含まれる戦争については、第六章から書かれる。近代化に成功し帝国主義を推進する日本を脅威とみなした欧米から、日本語がどう扱われたのか。その答えはぜひ実際に読んでもらいたい。平和に語学学習ができる現代まで地続きであるとはいえ、それまでの章とは異なる暗い影を落としている。

 本書は高校レベルの日本史・世界史を思い出させる記述も多く、今まさに学んでいる最中の学生が背伸びをすることもできるであろうし、また大人の学び直しとしても興味深い。長く混沌とした歴史のうねりに対し、日本語という眼差しを与えてくれるのが本書である。