東大闘争の天王山 「確認書」をめぐる攻防
著 者:河内謙策
出版社:花伝社
ISBN13:978-4-7634-0947-8

七学部集会から代表団交まで

東大闘争の全貌を明らかにする

西田慎 / 奈良教育大学准教授・ドイツ現代史
週刊読書人2021年2月26日号


 前政権で驚かされたことの一つは、当時の安倍首相を取り巻く人たちに「一九六八年」の社会運動でアクティブだった人が多かったことだ。例えば「首相のお友達」を自認する猪瀬直樹元都知事は信州大学の全共闘活動家、塩川恭久元厚労相は新宿高校の全共闘活動家だった。同じく首相と親しい出版社・幻冬舎社長の見城徹も学生運動の元活動家、官邸に近いと言われたコメンテーターの田崎史郎は三里塚闘争の元活動家である。一昔前なら「過激派」扱いされかねない人たちが、保守系の首相を取り巻いている図は異様としか言いようがない。世界を見回しても、これほど「一九六八年」の元活動家に囲まれた保守系の首相はいなかったのではないか。例えばドイツのメルケル首相は保守系だが、彼女の取り巻きに学生運動などの「一九六八年」の活動家がいるという話は聞いたことがない。

 そうした「一九六八年」の社会運動、とりわけ学生運動でも、日大闘争と共に語られてきたのが東大闘争であり、近年多くの文献が出ている。それらは主に二つの系統に分類できよう。一つは当時の運動を実際に経験した当事者世代によるものだ。これらは枚挙にいとまがないが、東大全共闘の指導者の一人だった山本義隆の『私の1960年代』を筆頭に、小阪修平『思想としての全共闘世代』や富田武『歴史としての東大闘争―ぼくたちが闘ったわけ』などが挙げられよう。最近では加藤典洋の遺著『オレの東大物語』が、軽いタッチで印象的だった。もう一つは、当時を知らない若い非当事者世代によるものだ。近年の歴史学や社会学などでの「一九六八年」への注目も反映してか、こうした研究も増えている。内容や手法をめぐって大きな賛否両論を引き起こした歴史社会学者・小熊英二による『1968』や、予示的戦略という視点から東大闘争を分析した小杉亮子『東大闘争の語り―社会運動の予示と戦略』などがその代表であろう。

 本書は当事者世代による東大闘争の分析であり、七〇〇頁を越える大著である。法学部「自治会」の緑会と七学部代表団のメンバーであった著者は、幅広い史料を分析し、関係者に対する自身のヒアリングなども駆使して、六八年初めの「春見事件」と医学部大量処分に端を発する東大闘争の全貌を明らかにしていく。時に熱のこもる筆致も印象的だ。

 本書の最大の特徴は、六九年一月の「東大安田講堂落城」でもって、東大闘争は学生側の敗北に終わったという見方に対し、六九年二月一一日に大学当局と七学部代表団との間で締結された「確認書」により、学生・院生の主体の強化、政府・自民党が目論む東大の大学院大学化阻止などを勝ち取った学生側を「歴史的大勝利を収めた」(七三二頁)と見ていることであろう。著者によれば六八年一一月から六九年一月一〇日の七学部集会、そして二月一一日の七学部代表団交までが東大闘争の天王山であり、その分析が本書の八割近くを占める。とりわけ天王山中の天王山、東大闘争の剣が峰とされる一月一〇日の七学部集会と団交を経て、「1・10確認書」が作成されるあたりの記述は圧巻だ。

 また東大入試中止を巡る攻防も興味深い。政府・自民党内には、東大闘争収拾を巡って、坂田文相を中心とする「ハト派」と荒木国家公安委員長を中心とした「タカ派」の対立があったという。そして「1・10確認書」と封鎖解除を見た前者は、入試実施へと一旦傾いたが、一月一八日から一九日にかけての「安田講堂攻防戦」を経て、一月二〇日、政府・自民党は最終的に東大入試中止を決定した。なお入試中止を進言したのは劇作家・山崎正和らであるという巷間言われている説を著者はそれほど重視せず、あくまでも決定を下したのは当時の佐藤首相自身と見る(六九三頁)。

 一方、全共闘に対しては本書では一貫して厳しい見方が取られる。全共闘は規約も組織原則も分からない「陰謀団体」であり、フロントやトロツキスト諸党派とノンセクトラディカルの「野合組織」(五三頁)と位置付けられる。「安田講堂攻防戦」に至っては、全共闘・トロツキスト暴力集団と自民党主流=荒木派・治安当局による「歴史的茶番劇」(六七八頁)とされる。しかし著者の批判の矛先は、主にその戦術面に向けられているようだ。加藤執行部と全共闘とのボス交渉(五頁)、封鎖を強行するために暴力に訴えたこと(七一頁)などが「安田講堂攻防戦」も含めて批判され、「全共闘は、全体としては『戦術サヨク』だった」(七二六頁)とされている。他方で、全共闘の思想に内在的に立ち入って、検証する姿勢はあまり見られない。

 しかし全共闘で問われるべきは、むしろ「戦後民主主義」を巡る立ち位置ではないだろうか。当時、全共闘の学生から「戦後民主主義」を「欺瞞」「虚妄」と否定する動きが出てきたことは知られている。実際、東大闘争では「戦後民主主義」を代表する政治学者・丸山眞男が糾弾され、立命館大学では反戦平和のシンボル「わだつみ像」が全共闘の学生に引きずり倒された。小熊は『1968』において、全共闘は「戦後民主主義」をあまりに無知かつ性急に非難しすぎたと批判する一方、全共闘出身の笠井潔が、「日本の六八年が達成した最高の思想的成果は戦後民主主義批判だった」(『新版 テロルの現象学―観念批判論序説―』)と反論しているように、全共闘と「戦後民主主義」の関係は、大きな論点の一つであろう。全共闘から保守派の評論家に転じた呉智英、小浜逸郎といった流れが出てきたことや、冒頭で述べたように安倍首相の周辺に走った元全共闘がいたことも、こうした「戦後民主主義」批判の系譜で捉えられるのではないか。

 最後に本書で惜しいのは、巻末に索引がないことである。特に人名索引は欲しかった。本書には、後に自民党の政治家として活躍する町村信孝や舛添要一も登場するだけに、彼らが学生時代、東大闘争でどのような立ち位置を取ったのかを追うためにも、なおさらである。(にしだ・まこと=奈良教育大学准教授・ドイツ現代史)

★かわうち・けんさく
=弁護士。一九六五年に東京大学入学、東大闘争時には法学部緑会委員・七学部代表団員。同大学卒業後、大月書店に勤務後、一九八八年より現職。一九四六年生