名探偵総登場 芦辺拓と13の謎
著 者:芦辺拓
出版社:行舟文化
ISBN13:978-4-909735-04-1

奇蹟に満ちた空間への水先案内人

著者にとっての〝探偵小説〟

若林踏 / 書評家
週刊読書人2021年3月5日号


 夢想への水先案内人。それが芦辺拓の描く名探偵たちが果たす役割である。

 一九九〇年に『殺人喜劇の13人』で第一回鮎川哲也賞を受賞し、本格的なデビューを果たした芦辺拓は、〝探偵小説〟という呼称に並々ならぬこだわりを見せながら三十年間、作品を書き続けてきた作家だ。芦辺のいう〝探偵小説〟とは単に謎解き小説を指すわけではない。怪奇、幻想、冒険といったあらゆる要素が混然一体となった、戦前の大衆娯楽小説に近いものだと捉えるべきだろう。その中に登場する探偵たちは、日常では味わう事の出来ない、奇蹟に満ちた空間へと読者を誘う役目を持っているのだ。『名探偵総登場 芦辺拓と13の謎』は、そうした探偵たちの活躍を集成した作品集である。

 芦辺の創造したシリーズキャラクターといえば、真っ先に思い浮かぶのが森江春策だろう。『殺人喜劇の13人』で初登場した際には学生だった彼も、新聞記者、弁護士と職を変えて、現代国内ミステリを代表する名探偵の一人となった。森江自身は性格も容姿も平凡なキャラクターだが、関わる事件はいずれも現実離れしたものだ。本書の劈頭を飾る「殺人喜劇の鳥人伝説」で森江が挑むのは、死者が鳥人の如く建物の下から上へと飛んでいく、という現象である。日常に生じた奇想溢れる謎を描く点は、無数の密室トリックを生み出し、不可能犯罪の巨匠と呼ばれたジョン・ディクスン・カーからの影響が大きいだろう。芦辺はカーの活躍した英米探偵小説の黄金期を思わせる、レジナルド・ナイジェルソープという探偵を生んでいる。本書収録の「レジナルド・ナイジェルソープの冒険」は掌編ながら、探偵小説の黄金時代を偲ばせる一編になっている。

 戦前探偵小説が描く風景へのこだわりは芦辺作品の核の一つだが、それが端的に表れているのが、昭和初期の大阪を舞台にした平田鶴子と宇留木昌介コンビのシリーズだ。「消えた円団治」は、大勢の客がいる前で落語家が消え失せるという、これまたディクスン・カーばりの不可思議な謎が描かれる。探偵役である平田鶴子の眼を借りて描かれるのは活気と熱情が込められた戦前の大衆文化だ。謎解きだけではなく、そうした当時の文化に対する憧憬も芦辺作品の魅力の一つと言ってよいだろう。

 先述の通り、芦辺は〝探偵小説〟を総合的な娯楽小説の呼称として捉えており、自身の作風も多岐に渡っている。ホラーアンソロジー「異形コレクション」シリーズに寄稿した「探偵と怪人のいるホテル」では、名探偵対怪人という古典的な形式を使い、捻りに捻った構造の物語を描いてみせる。収録作で唯一、〝探偵の登場しない探偵小説〟として書かれた「輪廻りゆくもの」は、意外な結末が待つ幻想譚である。さらには捕物帳に挑戦した「木乃伊とウニコール」、ジュブナイルミステリへのオマージュである「からくり島の秘宝」、など、ジャンルや形式を問わず、芦辺はあらゆる角度から、名探偵の物語に挑んでいる。いずれも共通するのは、ふとした瞬間に現実空間から飛翔するような感覚を味わうということだ。

 ミステリ、特に探偵小説や本格ミステリと呼ばれるものは、ジャンルの定義についての議論が絶えない。しかし芦辺にとって〝探偵小説〟の定義は確固たるものに違いない。探偵たちがここではないどこかへと連れて行ってくれる物語、それがミステリであり、〝探偵小説〟であるのだ、と。本書を読めば、そう胸を張って言う芦辺の姿が思い浮かぶ。(わかばやし・ふみ=書評家)

★あしべ・たく
=推理作家。著書に『森江春策の事件簿』シリーズ、『金田一耕助VS明智小五郎』シリーズなど。