茶房と画家と朝鮮戦争 ペク・ヨンス回想録
著 者:ペク・ヨンス
出版社:白水社
ISBN13:978-4-560-09781-6

二つの戦争を体験した芸術家の半生

茶房と居酒屋を舞台に、熱く語られる芸術、創造のエネルギー

野上暁 / 編集者・評論家
週刊読書人2021年3月12日号


 白榮洙(ペク・ヨンス)は、戦後の韓国の芸術運動再興に尽力し、世界的にも評価の高い韓国を代表する画家といわれるが、この本を読むまでその名も知らなかったし作品を見たことがなかった。しかし、本書のカバーや巻頭十六ページにカラーで紹介されている作品を目にすると、静謐さの中に深い悲しみと喜びが同在するかのような独特な表現に魅了される。細い線で目鼻口を引いただけの横に傾けた卵型の顔の母子像や、淡いブルーを基調にした独特な場面構成からは、日本画と西洋絵画の不思議な融合を感じ取ることもできる。

 一九二二年、日本統治下の韓国水原で生まれたペク・ヨンスは、二歳の時に父を亡くし、当時一九歳の母親とともに、彼女の兄一家の住む大阪に渡る。幼い頃から絵を描くのが好きで、中学卒業後に美術学校に進学したいと思ったが母親に反対されたために家出し、東京の太平洋美術学校で一時学んだあと大阪に戻り、一九四二年に大阪美術学校洋画部に入学。同学校を設立した日本画家で、『宮本武蔵』や『大菩薩峠』の挿絵で知られる矢野橋村の門下生に抜擢され、起居を共にしながら洋画とともに東洋画の技法も学ぶ。ちなみに、同学校で学んだ朝鮮半島出身の学生は、確認できるだけでも十六名もいたという。

 四五年三月、激しい空襲で住まいを焼失したペクは思い切って母国に戻り、言葉に不自由しながらも、木浦女子高校と木浦中学での美術教師の職を得て、そこで終戦を迎える。日本統治から解放された喜びで、画家としても充実した気分の中、初の個展を開催する。その後、光州の朝鮮大学園(現・朝鮮大学校)の美術部創設に関わるが、人間関係の複雑さに疲労困憊し、かつて修学旅行で生徒たちを連れて行ったことのある尼寺を訪ね、庵主さんの親切に心を癒されて、四七年四月にソウルに出て貧乏ながらの画家生活をスタートさせるのだ。

 ソウルで有名な和信百貨店で個展を開いたのがきっかけになり、現地の画家たちや画壇との付き合いも始まる。そんな中で、南北朝鮮の選挙の実施と国会による政府樹立を監視する「国連臨時朝鮮委員団」(UNTCOK)の広報担当でフランス人のアルベール・グランが、雑誌に掲載されたペクの絵に魅せられ、様々に援助してくれる。そのためペクの暮しも一変し、自動車を運転手付きでリースして乗り回すほどになる。そしてグランが帰国することになった時、ペクをフランスに誘うが決断が付かないままソウルに残る。当時のソウルの茶房は文化人のたまり場で、著名な詩人や小説家や劇作家、音楽家、画家たちが交流し、様々な文化団体が誕生するなど、日本統治からの解放感で熱気にあふれていた。

 本書は、全体が五章で構成されていて、ペクが帰国した解放前後から一九五〇年代中頃までの激動時代を背景に、ペク自身のまさに波乱万丈の半生が語られるのだが、彼の眼を通した当時の韓国の複雑な政治状況も炙り出されて興味が尽きない。各章のそれぞれのエピソードごとに小見出しが付き、本文の後ろに歴史的背景や登場人物のプロフィールや人間関係など、実に詳細な注が付されている。それを見ると、茶房に集まる文化人の多くは戦前に日本の大学を卒業していることがわかる。美術の分野でも、日本統治下の朝鮮で美術を学べる学校が極めて少なかったため、日本に留学して西洋絵画を学んだ人が多いという。

 一九五〇年、朝鮮戦争が始まるとソウルの様相は一変する。ソウルは北朝鮮軍に占領され、ペクは反動分子に挙げられて矯正教育を強いられたり、兵士たちに茶房に監禁されたり、何時射殺されるかわからないような恐怖の中を逃げ惑う。三か月後、国連軍がソウルに入り、それまで押さえつけられていた活力を取り戻したのもつかの間、国連軍が劣勢となり韓国政府は釜山を臨時の首都として国民にも避難を呼びかける。

 ペクは避難先の釜山での画家活動の後、三年後またソウルに戻り、「東邦サロン」という茶房を拠点に様々な分野の文化人と熱く芸術を語り、創造のエネルギーを育んで個展を次々と開催する。茶房と居酒屋を舞台にした、多彩な人物にまつわるエピソードのそれぞれが人間味あふれていて味わい深い。しかし、心地よい巣のようだった茶房が悲劇的な結末を迎えたところで回想録は終わる。

 一九六八年、ペクが四六歳の時に当時一九歳の金明愛(キム・ミョンエ)と結婚。七九年から家族とともにパリに移住し、ヨーロッパ各地で個展を開催する。この回想録は還暦を迎えた時に次の世代のために書き残しておきたいと、妻の金明愛の聞き書きをもとに文章をまとめ、八三年に韓国で出版された。与那原恵の巻末の解説には、日本語版出版に至るいきさつや、回顧録の前段となる日本での生活、帰国後の韓国情勢や美術界の様子など、当人や現地での取材をもとに克明に記されていて読み応えがある。二つの戦争を体験した若き芸術家が、激動する時代の荒波に翻弄されながらも、情熱的に生き抜いた二三歳からほぼ一〇年間のみずみずしい証言に心打たれる。(与那原恵監訳/五十川潔訳/ペク・ヨンスプロジェクト編)(のがみ・あきら=編集者・評論家)

★ペク・ヨンス
(一九二二―二〇一八)=画家。朝鮮水原生れ。五三年以降ソウルで多彩な芸術家たちと芸術運動再興に力を尽くした。二〇一六年銀冠文化勲章授与。