なぜいま家族のストーリーが求められるのか 「公私混同」の時代
著 者:橋本嘉代
出版社:書肆侃侃房
ISBN13:978-4-86385-394-2

なぜいま家族のストーリーが求められるのか

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

柿沼美咲 / TRCサポート事業推進室
週刊読書人2021年4月9日号


 本書は、近年著名人が公の場で結婚や出産などの私的イベントの報告を行うことに着目し、タイトルにもあるように家族のストーリーが求められる理由を明らかにする。まず、エンタメコンテンツ・CM・ブログ等を参考に、子育てや仕事に対する人々の価値観の変化を紐解いていく。そして、少子化問題の解決に向けた国の取り組みを紹介するなど政治的思惑にも触れ、現代社会が抱える課題を明らかにする。

 なぜ、現代の著名人は公の場で家庭内での出来事を積極的に話したり、子育てに注力していることをアピールポイントとするのだろうか。本書によれば、著名人は父親像・母親像を具現化するモデルの役割を果たしている。現代人は著名人の私生活を様々なメディアを通して知り、数ある情報の中から自分にとっての理想を選択し、そこに近づくことで「本当の自分自身」になると感じている。現代人は自分の理想となる人物の情報を求めており、著名人も理想の存在となれるよう情報を発信するという構図があるのだ。

 このような構図の成立に大きな影響を与えているのが「アイデンティティの確立」である。著者は、現代の女性にとって「母になる」ということは、義務ではなく、自ら選択した新しいアイデンティティを獲得することであると指摘する。また、父親に関しても、ジェンダー平等を目指したり、妻と仕事を分担しなくてはいけないという義務感からではなく、育児を楽しむことをアイデンティティとする価値観が普及したために、子育てを好み、子育てをすることで満たされていると指摘する。アイデンティティの確立を要求されることで、子育ての捉え方や価値観が変化したと考えられる。この変化により子どもたちにはどのような影響があったのだろうか。

 また、著者は夫婦の家事・育児分担の要因に関する先行研究に対し、自ら行いたいという積極的な動機や、それによる幸福感などを規定要因としていないことを指摘する。そして、現代人は家事や育児の行為自体に魅力を感じており、他人に委ねず自らが行うことに価値を見出しているのではないかと述べ、読者に新たな視点を提示する。

 本書は、家族のストーリーが求められる多層的な社会構造にあらゆる側面からアプローチすることで、現代の家族の在り方や自分自身に根付いた価値観に影響を与えるものに目を向けるきっかけをくれるだろう。