雲の伯爵 富士山と向き合う阿部正直
著 者:西野嘉章
出版社:平凡社
ISBN13:978-4-582-83846-6

映画手法の撮影を雲の研究に活かしたひと

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

山田万知代 / 文京区立小石川図書館(指定管理者)
週刊読書人2021年4月9日号


 存在感ある背表紙に、新刊棚の前で思わず足が止まった。

 美術書のような装丁の背表紙は、黒に白文字で『雲の伯爵 富士山と向き合う阿部正直』という優美なタイトル。表紙、見返し、裏表紙、本文中に、富士山と雲の観測写真がふんだんに使われている。

 文京区で「阿部さま」といえば、東京大学もある本郷西片に広大な屋敷があった伯爵の家柄ということはピンとくるが、この本には、その旧福山藩主の嫡男に生まれた阿部正直(まさなお)が、明治から大正、昭和にかけて雲の不思議に魅せられ、写真を使った研究で「雲博士」となった過程、研究成果が、正直撮影の写真と共にまとめられている。

 雲研究において写真が有効であることは、一九世紀後半以来、各国の研究者間で知られていた。しかし、映画手法、特にコマ落とし撮影と立体映画撮影を雲の研究へ適用しようという正直の着眼は、気象学の分野において世界初のオリジナルな創意であったという。それは遡れば、華族の子弟として恵まれた幼少期、日本で初めての「活動写真」上映に立ち会ったことも影響があるのかもしれない。いつも「発明」「工夫」をせずにいられなかった科学少年時代のエピソードの数々が、帝大を卒業後、私財を投げ打ち雲の研究所を開設、研究に邁進する姿に繫がっていく。

 気象学に関して正直の業績は、第二次世界大戦を挟んだ不幸もあり、近年にいたるまで埋もれたまま顧みられることがなかった。近年、東京大学総合研究博物館(インターメディアテク)で阿部家の史料の一部の寄贈を受け、分類整理、調査をし、正直がとった膨大な気象観測記録に光があたった。プリント画像やフィルム、撮影機材や計測機器、映写機等、気象学としてもアートとしても興味深いものとして、海外からも正直の研究、写真に関心が高まりを見せている。

 魅力的な装丁の理由は、著者でインターメディアテク館長の西野嘉章による。西野は自著『装丁考』(玄風社、2000年/後に平凡社ライブラリー)の中で「『本』を読むとは、紙背越しにその世界を透視することに他ならない」と装丁の重要性を語る。文章のみならずこの本づくりへの姿勢が、阿部正直の研究成果を正しく世に伝えたいという西野の情熱を表している。「本書を書くにあたって、『阿部正直』という人物が否応なく背負い込まざるを得なかった『煩悶』『矜持』『確執』『時代』を読者に伝えたいと思った」と書くように、伯爵と呼ばれるより「雲博士」と呼ばれることを喜んだ正直の、たたずまいが伝わる一冊となっている。

 電子版も出ているが、この装丁 ―上質な紙の手触り、文字組も含めて―を併せて堪能いただきたい。