有職の色彩図鑑 由来からまなぶ日本の伝統色
著 者:八條忠基
出版社:淡交社
ISBN13:978-4-473-04423-5

めくるめく千年の色と歴史

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

越智雅子 / 図書館総合研究所
週刊読書人2021年4月23日号


「色辞典」「色事典」あるいは「色図鑑」、そんなタイトルの本を読んだことがあるだろうか。中でも「日本の伝統」なんて冠するものは? 近年、日本の伝統色を色名ごとに項目立て、色見本や写真を添えて解説する本が豊富になってきた。日本語の美しさや古来の色の繊細さを目で見て楽しみ、ついでに色や歴史の豆知識も手に入る。人気が出るのも頷ける。

 そんな伝統色の解説書に、ちょっと異色のものが現れた。『有職の色彩図鑑』。有職とは、平安中期頃の宮廷社会から脈々と受け継がれるお約束みたいなもので、当然、いわゆる十二単などの有職装束にもある。本書はその有職装束にまつわる色を、有職に通じ、SNSでも「バズった」著者が解説した本となる。

 本書は全6章で構成され、第1章から順に「有職の色(染色)」「裏表の重ね色目」「衣のかさね色目」「織色」「緂の色」「位当色(当色)」となる。現代では「〇〇色」というと、絵具を何種類か混ぜて塗りたくればおおよそ表せると考えがちだが、有職の世界ではそうもいかない。織った後で染めた布の色と、色糸を組み合わせて織り上げた布の色は区別されるし、薄い表地が透けて裏地が見える際の色合いひとつひとつ、重ね着した衣の色の組み合わせひとつひとつに名があり、本書では様々な「色」を総覧できる。

 本書のもう一つの大きな特徴が、豊富な文献にもとづく解説だ。ほぼ全ての色に典拠・用例が付され、物語から歴史書、法令・法制書に至るまで、色に関する記述がほぼ原文そのままに掲載されている。伝統色の解説書となると、古代から近代までの色をとにかく多数収録し、ひとつひとつは独自の解釈や考察に至らず通説の紹介に留まる場合も多い。一方、本書は有職由来の、しかも古代の色の再現に専念しており、物語や現実での着用例が豊富で、中には通説と異なる解釈を加えられた色もある。「昔はこの色合わせが〝おしゃれ〟だったのか」「この解釈、本当か? ほかの用例ではどうだ?」……典拠・用例と見比べながら本文を読み解く作業は、よくある「色辞典」の楽しみ方とはずいぶん違う気がする。

 本書の構成を振り返ってみよう。はじめに有職装束の様々な「色」のありようが5章に亘って解説され、第6章では色と身分を結びつけた位当色の変遷が時代順にまとめられている。つまり読者は、まず有職装束を構成する色を文献や実物も交えつつ網羅的に把握し、最後に身分と色とのかかわりの歴史を学ぶわけだ。『有職の色彩図鑑』。まさに「有職のための」本なのである。

 スポーツ観戦はルールや選手を知れば知るほど面白くなる。色も同じで、約束事や成り立ちを知れば、場の状況や人物の力関係、心情、時には野心さえ、鮮やかに読み取ることができる。色見本や写真を眺めて楽しむ、そういう読み方もできるだろう。しかし、せっかく有職の知識が詰まった本だ。千年の歴史が織りなす世界を紐解いてみてはいかがだろう。